iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

ブレットシュネイダーオニクワガタの色々

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(インド・アルナーチャル・プラデーシュ州西部〜チベット南部クオナに分布するPrismognathus bretschneideri Schenk, 2008:ブレットシュネイダーオニクワガタは、Prismognathus nosei Nagai, 2000:ノセオニクワガタに似ており、中華鍬甲Ⅲにてノセオニクワガタのシノニムにされている。しかし実際には別種である。此れは未発表の稀型の特徴が根拠の一つというのもあるが、原産地に入って採集してきてくれた提供者に敬意を持って此処では公開しない)

 色々物議を醸す記載文を出す事で有名なシェンク氏の記載種は信用が低いというバイアスがかかりやすく、"論文だけを読む人"によっては"有効種かシノニムか"で解釈が分かれる事が多い。

 ブレットシュネイダーオニクワガタはインド・アルナーチャル・プラデーシュ州西部〜チベット南部クオナに分布しており、ノセオニクワガタとの混生エリアは未知である。加えて私の観察では全く異なる種であると結論が出た。

 しかし実物を多数揃えないと読み取りづらい差異である。

 原記載時は少ないが3♂が検証に使われた。記載文に図示されるアルナーチャル・プラデーシュ州西部産のタイプ個体は細身で脚が短いなど、記述の通りノセオニとは少し雰囲気を違える。しかし此の論文だけでは判然としない。

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(「Schenk, 2008. Lucanidae vom Arunachal Pradesh, Indien und beschreibung von zwei neuen Arten : Entomologische Zeitschrift 118(4):175-178」より引用のHolotype図。論文が手元に無かったので友人に手伝っていただいた)

 中華鍬甲3にてファン氏らは「差異を認められない」としてブレットシュネイダーオニクワガタをノセオニクワガタのシノニムとした。♂交尾器の図示は2頭分ずつ、♀は1頭分ずつしか無くて差異が分かりにくい。しかし交尾器の基節のサイズや各部比率などの差異は見られ、実際の生物体では差異と特徴の再現性がある。

 ファン氏らの措置は基産地の個体を使用していない問題もあるが、文献に図示のチベット・クオナ産個体群はブレットシュネイダーオニクワガタで良い。私自身でもクオナ産について♀のみだが手元にあり調べられた。

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チベット・クオナ産♀個体)

 シェンク氏については"Dr."付きで呼ばれる事が多いものの記載文の体裁からしてDr.とは思われない人が多い。しかし実はDr.らしく私も友人から教えてもらって驚いてしまった。いや失礼。しかしシェンク氏の住むドイツは厳しい制度があるようなのだが、あのような体裁で論文を出していて大丈夫なのだろうか。

https://de.wikipedia.org/wiki/Missbrauch_von_Titeln,_Berufsbezeichnungen_und_Abzeichen

 ネット上にはあまり出てこないが巷ではよく記載文の不評を耳にする。

https://www.frankfiedler.com/category/information/black-list/

(シェンク氏の一派が記載文を出しているページの一部。10年近く前からカミングスーンなBlack listのページ)

 後年にシェンク氏は"Dr."の威光を掲げながら自費出版している誌面に、何の反論もなくファン氏らの報文を載せている。だから読者からすれば著名で"専門的にクワガタを観る"として有名な両人ともが「ブレットシュネイダーオニクワガタがノセオニクワガタのシノニムと言っている」と解釈可能である。

 ファン氏らは中国産クワガタで様々ブレイクスルーな発表を行なっている。

 しかし自然界の実態は"ブレットシュネイダーオニクワガタは独立種"である事を示している。確かに似てはいるし"シェンク氏の記載種だから怪しい"とバイアスがかかるが、観るべきポイントを外すとこういう事もある。ブレットシュネイダーオニクワガタはノセオニクワガタよりも細身、また顎先端付近の背面状態、♀の配色など、そして何より交尾器形態が安定して100%異なる。

 シェンク氏は交尾器の観察をせずに種記載する。ファン氏らは交尾器の観察をするが不足が多い。中途半端なせいで"双方威勢だけ御立派で中身が蒙昧になりやすい分類方法をやっている"と結果が全てをあらわしている。正鵠を示せきれてないならば"同じ穴の狢"である。

同じ穴の狢

 一見別なように見えながら、実は同類であることのたとえ。悪事をもくろむ同類、品性の卑しい同類のように、悪い仲間でくくることが多い。

https://seiku.net/kotowaza/99_05p3.html

 ブレットシュネイダーオニクワガタの資料群については、産地周辺が精力的に調査されていた頃に入手出来た事が幸運であった。信頼できるルートで原産地からの間違いない資料、生物的形態特徴、様々な要素で私は疑念無く考察結果を此処に書ける。

【References】

Schenk, 2008. Lucanidae vom Arunachal Pradesh, Indien und beschreibung von zwei neuen Arten : Entomologische Zeitschrift 118(4):175-178

Huang, H., and C.-C. Chen. 2017. Stag beetles of China, Vol. 3. Formosa Ecological Company; Taipei, Taiwan. 524 p.

【追記】

 今代は、未記載種の発見というより"分類群単位のグルーピング"の方が重要性を増してきている。学名はシンプルに其のグループ名を決めたという程度である。「別種を同種としたグループにすべきで無いし、同種を別種としたグループにすべきでない」が命名規約の理念に近しいと考えられる。

 記載文は、担名タイプ個体・新しい学名・特徴説明・出版が揃えば有効になり、実態として真に新しく発見された分類群ならば先取権を得る。しかし生物というものを知らずに、虫をお金に換えるために記載する人達はガサツな事を書いて出す。そういう学名については"分類屋からは無視される"という話を多方面から聞いている。確かにシノニムにするのもしないのも面倒な分類群の学名など、第三者・読者からすれば使いづらい事がある。

 まぁさておき資料を入手する際は原産地入りして採集した人物から直接入手した方がデータの心配が無い。更に言えば自己採集した方が良い。外国僻地での実態調査なんて殆どの人には大変困難だろうけど、やらないで蘊蓄垂れる人達なんかに対しては、原産地入りしている人からすれば「原採の事も理解せんと偉そうな事書くなや」という話もある。学者によっては学生に資料を集めさせたりした事が災いし怪しげなデータ資料を論文に載せるという事があるくらい採集という作業は重要である。

 大まかな記録を言えば、現在の知見ではブレットシュネイダーオニクワガタはアルナーチャル・プラデーシュ州西部とチベット・クオナから見つかっている。対してノセオニクワガタはミャンマー北部、雲南西部、アルナーチャル・プラデーシュ州東部、チベット南東部から見つかっており、発見されているエリアでは2種の混生はない。アルナーチャル・プラデーシュ州中央では"いそうなエリア"を調査出来ていないという事で、もしかしたら混生しているかもしれないが、其れは予想の段階。いずれの産地でも此の系統のオニクワガタは個体数が少ない(ミャンマー産のみよく知られるのは人海戦術で採集されたため)。そういう事もあって、現状では人為的に混ぜない限り資料データのコンタミもあり得ない。

 しかしインド・アルナーチャル・プラデーシュ州は入域許可などあらゆる手順を踏まないと深い調査が出来ない。過去、シェンク氏に資料を提供していたドイツの採集人は、初期は紳士的に採集していたようだが、だんだん面倒になったのか後年では違法採集をするようになり逮捕されたらしい。以降はシェンク氏の元に新しい資料が来なくなった。

 とはいえ、今回の種ブレットシュネイダーオニクワについては、シェンク氏やファン氏らの示すデータが間違っていない事を"図示中の虫がノセオニとは別種である事"から理解できる(同定だけ間違い)。しかし、毎回の観察法が非科学な方法故に間違われる。

 観る目が無いと騙される。過去、明らかに空港土産の死虫セットを「自分で採集したんだ。いや〜海外の熱帯雨林は大変だったよ」などと流暢且つ饒舌に喋る嘘吐きを見た事がある。目の前にそういうのがいると驚くとともに防衛意識が自身に生じる。

 誰を信じれば良いのかなんて本当に難しい。過去に私に「中国人は信用しちゃいけない」とアドバイスしてくれた中国人も詐欺師であると別な中国人に暴露されていた。行く時々で値段が大きく変わる某老舗標本商二代目は巷で双子説すら出る。"某社の某氏は盗撮動画をSNSで回している"なんて話も回ってくるがテレビとかに出て其の立場でそんなスキャンダルがあるのは大丈夫なのか。

 認知上の問題を考えれば、普通に生きていても人間は"ありとあらゆる方法で虚言を吐ける能力"があるのを知れる。ヒトという生物種の生き様が白々しく見える。自身の疑心暗鬼に嫌気がさす。商売人は信用出来ないとか御用学者は信用出来ないとかの俗説があるのもそういう理由である。

 友人に訊けば似たような話を有名な業者も真顔でやっていたらしい。3メートルもあるキングコブラの話などは流石に虚言過ぎて笑ってしまった。未開拓地域を調べている採集人に部外者が現地話などとは"釈迦に説法"にもほどがある。