iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

メディアドンタヨーロッパミヤマクワガタ(?)の色々

 イタリア中部から変なミヤマクワガタが見つかっているというのは昔からある話。

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(イタリア中部産の変わった個体。手元には1頭だけ)

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(イタリア中部産のLucanus tetraodon tetraodon
Thunberg, 1806:テトラオドンミヤマクワガタ原亜種。サイズや触角形態は上の"変わった個体"と近いけど、フランスやシチリア島にいるテトラオドンミヤマを沢山観ていると変異の関係と言うには悩ましい)

https://natureconservation.pensoft.net/article/12687/

(このページで分布の事等が書いてある。また"中間型の交尾器形態はLucanus cervusに帰属する"とも書いてあるが、私が見た1個体ではLucanus pontbrianti (Mulsant, 1839)のものに似ていて、L. cervus的な感じはしない。ミヤマクワガタ属の交尾器を比較観察するのは結構難しい。見辛いパラメレに差があったり基部に特徴があったり種により万別的である。加えて雑種の疑いとか中間型となると更に難しい)

 タローニ著のカタログに"テトラオドンミヤマの巨大個体"らしき画像が見られ、ミヤマ好きの間では有名な個体であった。イタリア中部にはLucanus cervus Linnaeus, 1758:ヨーロッパミヤマクワガタ(以下"ケルブス"と略称)とテトラオドンミヤマクワガタの2種が分布していて、テトラオドンミヤマはイタリア中部から南部、ケルブスはイタリア中部から北部に多く分布する。だから混生地域で"交雑した個体なのでは?"という仮説があった。

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(「Taroni, G. 1998. Il Cervo Volante (Coleoptera Lucanidae): natura, moto, collezionismo. Milano: Electa.」より引用図。"Hybrid  Lucanus"なのか否か)

 一方で殆ど誰も気に留めもしなかった、後ページのイタリア中部産の変わった個体群も注目に値する。鮮明には見えないが触角の中間節部が短い比率から片状節の肥大節数は多いように見える。生物的に近い関係がありそう。

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(「Taroni, G. 1998. Il Cervo Volante (Coleoptera Lucanidae): natura, moto, collezionismo. Milano: Electa.」より引用図。"Lucanus cervus fabiani Mulsant & Godart, 1855"と同定されているが其の学名はLucanus pontbrianti (Mulsant, 1839)のシノニムとされる。しかしフランス南部に分布するL. pontbriantiよりも大顎が太いなどで本来の既知分類群とは一致はしない)

 さて、これらの形態の個体群に近い形態の既知分類群が一つ。Lucanus cervus mediadonta Lacroix, 1978というのがあった。

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(「Lacroix, J.P. 1978. Contribution à l'études des Coléoptères Lucanides du globe. Deux genres nouveaux et onze espèces inédites (Chiasognathinae, Lucaninae, Chalcodinae, Cladognathinae, Dorcinae). Bulletin et annales de la Société royale d’Entomologie de Belgique 114:249-294.」より引用図)

 タイプデータは"Géorgie (U.R.S.S.) env. de Tiflis (ex. Deyrolle 1964, coll. l'auteur)."と書いてある。"Deyrolle 1964"の意味も色々特定しきれず汲み取り辛いが、此の地域からは斯様な大型のミヤマクワガタは再発見が無い。

 まぁLacroix氏のデータは話半分で聞いておけば良いという話がある。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/12/18/175553

 "イタリア"を示すフランス語表記"l'Italie"を筆記体か汚い字だからか何かで"Georgie"と見間違えた上、余計な気を利かせて"ソ連"の意味を示す"(U.R.S.S.)"と書き加えられた上でラベルを作り直されたのかもしれない。"Tiflis"もジョージアの首都であり付け加えられた記述に見える。トリビシは古い街並みの人界が広がる一大都市で変わったクワガタがいそうな雰囲気は希薄である。Deyrolleが作ったラベルは字が汚い事がある。Lacroix氏に売りこまれた個体のデータは怪しいという説は原産地の採集人によっては通説的である。またLacroix氏はよくラベルを作り直していた。読みづらいデータラベルが作り直されるときに誤った綴りになる事もある。あるいはジョージア産の小型種ミヤマクワガタのラベルを筆記の見た目を見間違えて付け間違えたのかもしれない。

https://www.france-jp.net/01cours/01vocabulaire/national.html

 ケルブスとテトラオドンミヤマの交雑体か否かは今のところ不明瞭。2種の分布域の重なるエリアで出現し個体数が中途半端に少ない事が問題を難しくしている。雑種がそんなに頻繁に出るの?というくらいに散見されるのは違和感があるものの現状は"神のみぞ知る"状態。同属多種が分布するインドシナの各地域の様々なクワガタ種の知見を思い浮かべると、この難しさがなんとなく解る。地域的隔離も無いから雑種だったとしたらF1で終わり累代していない。自然界で累代する同産地雑種は居らず、そんな事になれば固有のケルブスとテトラオドンなど親2種が混ざりきって1系統に集約する。遺伝子の流動とはそういうものである。対して独立した系統ならば安定したメディアドンタ型をもった一つの生物種でmtDNAを解析すれば独立したクレードに分かれる筈である。色々実験すれば何か分かろう。

https://www.researchgate.net/publication/259877812_Testing_the_performance_of_a_fragment_of_the_COI_gene_to_identify_western_Palaearctic_stag_beetle_species_Coleoptera_Lucanidae

 もし雑種ならばLucanus cervus mediadonta Lacroix, 1978の学名は国際動物命名規約第四版の第一条に従って有効な学名群から除外される。

 実際に採集に行ってみたさがある。

http://www.inaturalist.org/observations/126334781

http://www.inaturalist.org/observations/125594491

http://www.inaturalist.org/observations/124902407

(iNaturalistの記録でもイタリア中部から見つかっている事が分かる。画像の個体群を見る限り、顎の雰囲気や触角片状節が5〜6節肥大している形からケルブス其の者では無さそう)

【References】

Lacroix, J.P. 1978. Contribution à l'études des Coléoptères Lucanides du globe. Deux genres nouveaux et onze espèces inédites (Chiasognathinae, Lucaninae, Chalcodinae, Cladognathinae, Dorcinae). Bulletin et annales de la Société royale d’Entomologie de Belgique 114:249-294.

Taroni, G. 1998. Il Cervo Volante (Coleoptera Lucanidae): natura, moto, collezionismo. Milano: Electa.

Mulsant E. 1839. Description d'un genre nouveau dans la tribu des Lucanides , Annales de la Société Agricole de Lyon 2:119-121

Mulsant E. & Godart A. 1855. Description de quelques espèces de Coléoptères nouveaux ou peu connus. Opuscules Entomologiques 6.

Thunberg, C.P. 1806. Lucani Monographia. Mémoires de la Société des Naturalistes de l'Université Impériale de Moscou 1:150-173.

Linnaeus, C. 1758. Systema Naturae per regna tria naturæ, secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis, Tomus I. Editio decima, reformata. Holmiæ: impensis direct. Laurentii Salvii. i–ii, 1–824 pp