iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

リリプタヌスマメクワガタの色々

 オーストラリア大陸の広域にFigulus lilliputanus Westwood, 1855:リリプタヌスマメクワガタなる小型種が分布するとされる。黒い種の多いマメクワガタの仲間でも赤色になりやすい分類群。

 小さい故に"マメクワガタ"とは言われるがチビクワガタ属に分類され、亜属でグルーピングされる事もある。

 オーストラリア産Figulus属については、Monte氏らによる2016年に出された分類論文がある。多大なエフォートを感じさせてくれる良い論文でなかなか参考になると考えられる。

 論文で調べられたF. lilliputanus個体数は結構あるらしいが、20世紀初頭から100年近い期間中に少しずつ採集されたものを調べられたそうであり、各採集例を読む限りでは希少種らしい事が察せられる。論文外の採集例も少ない。マメクワガタのグループは分化も激しく、此のように採集例が疎らという事も多々ある。

 手持ちにあるF. lilliputanusは西オーストラリア産で典型的な形態を呈する♂個体。交尾器形態含め、論文に載るクイーンズランドウッドストック産の♂個体とかなり一致率が高い。

https://zenodo.org/record/166173

f:id:iVene:20230709205706j:image(西オーストラリア産♂個体。半世紀ほど前に採集されたもの。体長は約7.8mm。撮影は適当な顕微鏡写真)

 論文にもある通り基産地はアデレードでタイプは2個体あり、私も見た事があるが画像の個体みたく赤くて小さな個体群だった。iNaturalistでは生体も見られる。

http://www.inaturalist.org/observations/109822074

(南東オーストラリア産の生体)

http://www.inaturalist.org/observations/67346298

(西オーストラリア産の生体)

 しかしオーストラリア・クイーンズランド産で、似たような、しかしなんだか違うような♂個体が手元にある。黒っぽくて9.4mmと大きい。交尾器サイズも1.5倍くらい大きい(基本形態は同様)。しかし1♂ずつの比較だと判然とはしない。此れは何なのだろうか。

f:id:iVene:20230709233615j:image(オーストラリア・クイーンズランド産♂個体。外形に細かい欠損が幾つかある。体長は約9.4mm。昆虫種によって交尾器のサイズが特徴になっている場合もあるし、なってない場合もあるから今回の比較では分類を確定させられない。ほか色やサイズ以外にも脚部、頭部、複眼などで気になる形態差が見られるが、、)

 Bomans氏は1986年に"Figulus clivinoides Thomson, 1862"について有効種である可能性を提唱し、"F. lilliputanusは西オーストラリアと南オーストラリアの区域に分布する"とされた。クイーンズランド〜ニューサウズウェルズのマメクワガタは異なるかもしれないと考えたらしい。

“- Il n’est pas absolument certain que ces deux insects soient synonymes. L’examen des types permet de constater que le premier est nettament plus petit que le second, 6,2 et 7,5 mm pour 8 mm. De plus lilliputanus a été découvert en Australie méridionale et occidentale, et clivinoides ou du moins l’espèce la plus grande, en Nouvelle Galle du Sud et au Queensland

[It is not sure that the two species are synonyms. Examination of types shows that the first is clearly smaller than the second, 6.2 and 7.5 mm instead of 8 mm. Moreover F. lilliputanus has been discovered in southern and western Australia, and F. clivinoides , or at least the largest species, in New South Wales and Queensland].

(「Monte, Cinzia, Zilioli, Michele, Bartolozzi, Luca, 2016. Revision of the Australian species of Figulus MacLeay, 1819 (Coleoptera: Lucanidae). Zootaxa 4189 (3)」より引用)

 一方で2016年の論文では"F. clivinoides"のタイプ個体が調べられ、交尾器も"F. lilliputanusと変わらない"とありシノニムとされた。"F. clivinoides"のタイプ個体も小さく、色も褐色〜暗褐色。

 しかしBomans, 1986の考察は、New South Wales州とQueensland州にいる"最大種"がF. lilliputanusでも"F. clivinoides"でもない可能性も有る表現の文章になってある。

 2016年の論文ではF. lilliputanusの種内変異については"計測の欄に記述したもの"とされたが、交尾器のサイズ変異については記述が無い。一応体長について6〜10mmのサイズ変異があるらしい事は書いてあって、其れ以外には形態変異が無いような表現がなされる。赤っぽいF. lilliputanusは6〜8mmくらいのものしか私には見覚えが無いが、其の10mmの個体というのは如何なるものだったのか。

 それに近しい大きなマメクワガタで似たものは、手元にある謎の♂個体しか見た事がない。一応ニューギニア島オセアニア産マメクワガタ類で一致するものが無いか調べてみたが、現状では見つけられていない。ニューギニア島あたりはマメクワガタ類の種数が結構あるらしく、手元にも未記載の可能性がある個体群が複数あって難しい。。

Redescription. Measurements: size range (n = 165): TL: 6.0–10.0 mm; PL: 1.6 1–2.49 mm; EL: 3.41–5.43 mm; PW: 1.69–2.97 mm; EW: 1.74–3.0 mm.

Intraspecific variation. The specimens examined do not show significant morphological variability, except for the body size (see “Measurements” section).

(「Monte, Cinzia, Zilioli, Michele, Bartolozzi, Luca, 2016. Revision of the Australian species of Figulus MacLeay, 1819 (Coleoptera: Lucanidae). Zootaxa 4189 (3)」より引用)

 疑問に対する答えとしてMonte氏らの論文から読み取れる話は幾つか可能性があり、一つは著者らが「此のくらいの交尾器の差異では連続的で種差の根拠にはならない」と考えた可能性、或いは著者が「全個体の交尾器は観てないけど1種しかいない」と考えた可能性、または著者の全く感知しない分類群が存在する可能性など。論文を好意的に読むとすると、近似別種が存在する可能性が高まるが。。

 種によっては体サイズと交尾器サイズが比例的である場合と、そうでない場合があり、此の場合は私が行った比較では"体長条件が飛び抜けた大型♂個体の交尾器を1例しか確認出来ていない"ため、"種の変異内か変異外か"の判断を下せない。

 クイーンズランド産の赤っぽくて小さくF. lilliputanusらしきマメクワガタは他にも私的に観た事がある。つまり2016年の論文にある"F. lilliputanusが広域分布する"という話は蓋然性が高いと考える。

 しかし私の手元にあるクイーンズランド産マメクワガタ♂個体は交尾器サイズが明らかに異なり、大柄で黒っぽい。最初に見比べた時も"全くの別種かも?"と考えたくらいだった。

f:id:iVene:20230710003553j:image(「George Hangay and Roger de Keyser, 2017. A guide to stag beetles of Australia. CSIRO Publishing, Clayton South, Victoria, x + 245 pp」より引用。クイーンズランドには黒っぽいマメクワガタが棲息するらしい)

 外形でも幾つかの点で大きな差異が見られ、分類屋の友人に相談してみた。しかし"其れも地域差かもしれない"とのお答えをいただいた。私も友人もF. lilliputanus近縁個体群の実物を多数観れていない。とりあえず体サイズ等の条件の合う比較をしなければ分からない。しかし形態差の割に個体数が少な過ぎて分からない。F. lilliputanusは交尾器のサイズや外形が、連続的に変化するか否か等を調べなくてはならない。そのためには少なくとも8〜9mmの個体群が複数必要になる。

 2016年の論文を書いたMonte氏らは、如何なる観察をされたのだろうか。論文の記述のみでは"交尾器の種内変異"はそんなに無さそうに読み取れる。

 確かに自身で自己採集した日本国産チビクワガタも、交尾器形態の種内変異幅がかなり広かった。しかしF. lilliputanusの場合はどうなんだろうか。現状では結論は出しにくいが、其れでも面白い話である。

 オーストラリア産の昆虫類は規制が厳しい事もあるし、現地在住の研究家の再検討を待ちたい。

 様々な困難を抱えるチビクワガタ属は、だからこそ"どういう手法で分類すべきか"考えさせてくれる意味でとても良い分類群と思えたりする。

【References】

Westwood, J.O., 1855. Description of some new species of exotic Lucanidae. Transactions of the Entomological Society of London, Series 2, 3, 197‒221.

Monte, Cinzia, Zilioli, Michele, Bartolozzi, Luca, 2016. Revision of the Australian species of Figulus MacLeay, 1819 (Coleoptera: Lucanidae). Zootaxa 4189 (3)

George Hangay and Roger de Keyser, 2017. A guide to stag beetles of Australia. CSIRO Publishing, Clayton South, Victoria, x + 245 pp

Bomans, H.E., 1986. 50e contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Notes synonymiques et diverses, et descriptions d’espèces nouvelles du genre Figulus MacLeay (1e partie). Bulletin de la Société Sciences Nat, 51, 7‒15.

Thomson, J., 1862. Catalogue des Lucanides de la collection de M. James Thomson, suivi d’un appendix renfermant la description des coupes génériques et spécifiques nouvelles. Annales de la Société entomologique de France, 4, 389‒436.

MacLeay, W. S., 1819. Horae entomologicae: or essays on the annulose animals. S.Bagster. London Vol.1 Part 1:1-160.

【追記】

 交尾器の比較というのは、"形態変異の可能性"が壁になってシンプルには考察が進まない事が多い。"あたかも明瞭な差異"でも1例では見極めにくいし、"微妙な差異"は個体数が必要な事も多い。サイズが特徴になっている種もあれば、なっていない種もある。♂交尾器はパラメレの縦横比率に特徴が有る種や無い種、♀交尾器でも輪郭の一部や立体的な形態に特徴が有る種や無い種など色々あって、慣れていても少々時間かけて観察比較する事が多い。全く同形態ならば悩むことは少ないが。。

 私の場合、分類に必要な作業としてクワガタムシ等の死骸群から交尾器を摘出する為に便利な道具を自作してたりする。単純に作業スピードと精密性を効率良くする為に作ったオリジナルの道具で、設計については友人達にすらも全く教えていない。

 特に急ぐ必要も無い人達にとっては不要な道具とも言えるのだけれど、"技術的な発明"はこういう将来的にロストテクノロジーになってしまうような専売特許的な使い方も、特段倫理観に反してなかったり危険ではない合理的な技術ならば自由に発明してみても問題無いと考えられる。

https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2018/12/post-29_1.php

https://www.webchikuma.jp/articles/-/2478

 しかし技術的な事はなかなか難しい事があって、例えば結構大きなメーカー企業が"独自の技術を流出させないために"と、重要な情報を隠してある場合がある。其れが致命的な悪影響になって実験が進まなくなる研究も沢山あるので、研究室によっては「研究に差支えるような問題のあるメーカーからは一切何も買わないように」と指令が下る事も少なからずある。そういう商品で成立してしまう需要もあるので世の流れにおいて仕方ない事である。

https://ameblo.jp/typam/entry-12578099813.html

 メーカーのみならず技術流出は確かに死活問題だから一概には責められないが、其の対策が過失的な原因になって研究の害になる事もある。しかし技術流出で大変な事になる事もある。様々な資材・試薬に商売が関わる以上そういう落とし穴の影もあるから注意しておかねばならない。

https://www.sakura-clinic.jp/blog/2018/02/21/2381/

、、、、

 科学分野は物理学から生物学などと広くあるが、絶対に欠かせない手順や考察というのが、どの分野でも必ずと言って良いくらいある。昆虫類の種・亜種分類ならば交尾器形態や分布状況、また科学的に考えるならば関わる各現象の特徴及び変異幅と其の相関の考察は絶対に欠かせない。

 虫業界等が抱える様々な問題等は、最先端の科学分野でずっと昔にも似たような問題があって、科学の世界ではそういう問題への対策が概ね練られてある。

https://twitter.com/salamandrella/status/1667168037156315136?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 有名人の口車に感化されて擬似科学を盲信する人達も出てきてしまうため、研究室によっては「商業的過ぎる人間は有名人でも信用しないように」と指導される事もある。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25988540S8A120C1000000/

 偽証によって大被害を出した例というとやはりルイセンコ農法が最も典型例だろうが、ルイセンコを持ち上げたソ連は、ロシアの今になっても世界的な遺伝学者をなかなか輩出させられない。

 真贋が見極められない事象や論理は"真たる信頼性"を得られにくく科学的とは考えにくくなってしまう。

https://itainews.com/archives/2026808.html

https://itainews.com/archives/2026810.html

 昨今はディープフェイクが問題化しつつあるが、同時に真贋の見極め方も進歩が促される。

https://twitter.com/zanengineer/status/1674597372775772160?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 何にしても倫理観は守られていた方が物事は進みやすい。https://twitter.com/mt_yamamoto_/status/1677277181163241475?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

、、、、

 話を戻すが、チビクワガタ属の出現は何処だったか考察はやや難しい。おそらくは白亜紀マダガスカルインド亜大陸が繋がっていた時代に其の辺りで出現したと予想するが、オーストラリアに分布のあるチビクワガタ属はいつの時点で侵入があったのか。プレートテクトニクスについて蓋然性の高い仮説や、南米大陸ニュージーランドにはチビクワガタ属がいない事を考えてみると大体の予想は出来てくる。

 インド亜大陸からインドネシアを伝った北ルートを使ったのか、はたまたインド亜大陸から(南極大陸を伝った?)オーストラリアへの南ルートを伝ったのか、種によって移動経路が違ったのか。未だ見当を付けにくい。

http://www.theperthexpress.com.au/contents/special/vol92/p2.htm

 チビクワガタ類の種分化は面白い。いわゆる隠蔽種の様に、外形差が殆ど出ないのに交尾器の変化は種により激しい。交尾器の形態変化は種分化を促すようになっているようだが、其れはつまり別種とは子孫を残せない上に生態系内の競合を引き起こし生物集団の生存に対する不利を齎す事をあらわす。成る程そういう方向の進化でも生き残っているという事は、淘汰圧に耐えて残る"特に生存を有利にする訳ではない形の変化"もあると理解させてくれる。

 生物分類群の分化にも深く関連する"進化論"を考えるなか、"生物がどうやって身体の内外の環境差を維持しているのか"結構気になって調べていた事がある。生物は人間が袋に液体を入れて作った訳ではない。

 大学で生物学を専攻にすれば遺伝学だけでなく分子生物学も習うようになるが、残念ながら私の受講した教論では確信的な情報を得るには手掛かりすら得られなかった。こういう話は大量にある論文の中から一番参考になるものを探し出さないといけなかったり最早自分で実験しなければならなくなるが、まぁ学生風情には教授の手助けがあっても難易度の高い作業で、結構苦心して勉強した覚えがある。教科書を鵜呑み出来れば悩まなかったかもしれないが、教科書の文章も学生向けとはいえ恣意的な表現も多い。

 悩ましかったのは"進化"の現象について再現実験は方法すら思いつけなかった事で、いまの技術で観る事の可能な範囲で調べるしかなかった。

 全ての生物を構成する組織として細胞がある。しかし此の細胞というものが何をしているのかは学校で知れる話は微々たる量で、実際には様々膨大な役割や分担の機能がある。

 細胞の構造には中学校の教科書で習うような単純な浸透圧の話等だけでなく、電気的・イオン濃度勾配の作用もあって、其れを理解するには物理学の履修も必要になってくる。其の前提として必要な物理学の知識は学校では教わらないし、大抵の書籍を読んでもどれが正解なのか分からないくらい解釈の表現や仕方がバラバラだった。

 此れについて私自身、全く道理の通った理解を得られたのは結構後だった。詳しくは此処に書ききれないので省略するが確定した知見として一般的である。

、、、、

 例えば進化の不思議を考えるとき、私はよく"イオンチャネルの凄さ"を思い浮かべる。

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB

 "遺伝子"も割と話題にされやすいが、其方はどうも未知の要素が多過ぎて法則外での解釈が散漫としやすい。大学等では此の"イオンチャネル"について大した話を聞く機会があまり無いものの、実際には物凄く面白い研究が沢山ある。

 "イオンチャネル"というミクロサイズの膜タンパクについては膨大な知見があるので、短い簡単な文章では其の感動を表現するのは難しくあるが、教科書やインターネット上にある解説サイトから"何となくのシンプルな理解"は、遺伝子機序に比べればずっと容易と考えられる。あらゆるバイオインフラで利用され、関連するノーベル生理学・医学賞も多数ある。

https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2006/post_000002.php

 イオンチャネルが分布する細胞膜はリン脂質二重層で構成され、細胞膜は知見にある全ての細胞で8~10 ナノメートルの厚みであるとされる事もなかなか面白い。既知の地球上生物はリン脂質二重層以外の構造様式は採れていないという事らしい。細胞膜を被覆する細胞壁等の別な組織があれば全体の厚みは変わるが、"細胞膜"は構造に絶対的に安定した規格が存在するのだと。

 そしてそんな構造に、更に"原始的な生物がどうやって獲得したんだろう?"と驚くべき精密な働きをするイオンチャネルが散在し、其の自然が創り出したナノマシンの個数量や種類の構成は細胞毎に遺伝子がメインで制御していると考えられている。原初生物の時代に偶然得られたイオンチャネルを遺伝子が情報を読み取り細胞分裂しても失われないようなシステム化がなされる。全く自然界で起きた事などとは信じられないくらいに物凄いシステムである。

 イオンチャネルは、各種イオンの電気化学的勾配を利用したあらゆる機序を生体内で可能にし、そういう機序があらゆる生物で様々な生命活動を可能にし、我々ヒト種を含む動物の五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)を感覚する役割、また様々な行動を引き起こす上で重要な役割の一部になってたりもする。つまり"我々の身体からイオンチャネルを除くと生きてはいけなくなる"と断言出来るくらいに重要なものなのである。

https://wired.jp/2017/05/09/how-life-began/

 イオンチャネルの凄さというのは、人間が作ったものではなく、人間には模造する事すら無理難題で、遺伝子操作で色々いじるしかない事にもある。つまり全く自然に出来た構造で、構成の規格も生物が自然に安定させたと解る。此れは"偶然の積み重ね"が如何なる結果を齎したか、進化を考える上で大変良い実例と考えられる。未知な事も少なからずあるが、分かっている形や役割を観ても誰かがわざわざ置いていったかのような精密な構造で、其れ等が人の手を借りずに自然に発生したなんて本当に驚くばかり。

https://academist-cf.com/journal/?p=11032

 他、遺伝子塩基配列を構成するにも水素結合、様々な生体維持をするにも静電気力などは利用されており、我々を含め全ての生物は電気的な要素にも支配されて生きながらえる事が可能になっている話は最早科学的常識である。

 私達が地球上で快適に暮らせているのも、地球を覆うオゾン層の他にヴァン・アレン帯なくしては為し得ない。最初にDNAが作られたのは電磁放射線による影響とされ、それから数十億年もの間に無限に行われた自然界イベントの後にやっと動物が脳を獲得する。我々が何か頭を使って考え出すよりも、ずっと昔から我々の素体は創られてきたと考えると、それだけで進化の謎に対する答えが僅かに垣間見える。

 しかし、そうなると"電気とは何か"という所にも話は繋がってゆく。電気等になれば、電流、電圧、電子の作用等と分子や原子レベルの"時間や場"に関する物理法則の話にもなってくる。そして其の物理法則は相互とは言え要素ごとにはとてつもなく一方向的な作用で埋め尽くされる。

 "光合成等の量子レベルの生物機序がどうなのか"など未知な事が多い生物現象を物理学的に解釈する事は簡単では無いが、生物現象が物理法則の内にあるのは確かな話である。

https://www.gohongi-clinic.com/k_blog/9074/

https://answers.ten-navi.com/dictionary/cat04/3071/

 あらゆる数多の生物系統が、此れ等の凄まじい物理法則の流れに対応し、永い自然史のなか淘汰進化と分化を行ってきたと考えると、私なんかは自然界の精密な現象に神秘性を感じざるを得なくなる。「神などと、、」と笑われそうなくらい、確かに人は錯覚や勘違いをしやすい。人間はそういう勘違いをしやすい人体構造である故に。しかし此の感覚が人間本来のものなのではないかとも考えては、自然の畏怖に面白みを覚えもする。

 調べる術は無いが、"物理法則"を支配する更なる上位の存在というものも、偶然以外にあるのだろうか。まぁ此処から先は極限なるロマンの世界。

誤データ?正体不明のProsopocoilusを追跡する

 あまり見覚えの無いクワガタが2♂出品されてあったのを見つける機会があった。

f:id:iVene:20230616014801j:image

 出所は、過去に記事にしたデータの不安定な古個体群を底値で売られていた同じ通販サイトにて。

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/03/21/010925

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/03/28/212433

 古めかしい個体群でデータは"P. serricornis Madagascar"と非常に簡素。しかし当の個体は「マダガスカル産?何やコレ?」と見慣れない外見。

 マダガスカル島から見られるProsopocoilus属種は膨大な数量の1普通種が採集されてきているものの、其れとは別種らしきクワガタムシが他で見られた試しは無い。「マダガスカルにこんなのいたっけ、、」、データが駄目そうで悩ましい。。自身で大量に資料を見てきた割に見慣れないクワガタムシが20〜25€だったため、まぁ安価と言えばギリギリ割合安価。

 出品画像は低画質だったが、雰囲気的にはP. natalensis hanningtoniの感じもしたので、著しく誤ったデータである可能性も考えられた。"しかしまぁこの値段で即決買取り可能なら流石に悪気も無いだろうし、少しくらいは面白い個体群かも?"と悩みつつ発注してみる事にした。

 なお此れ迄に記事にした幾つかの議題は、今回の議題の為に纏めてきた最低限の前提要素でもある。

https://ivene.hatenadiary.jp/entry/2023/01/09/235146

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/03/16/075141

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/04/02/025748

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/04/12/074952

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/05/10/071526

https://ivene.hatenadiary.jp/entry/2023/05/21/201012

https://ivene.hateblo.jp/entry/2023/06/02/075007

 此れだけ観察と考察による消去法を繰り返し、漸く自身なりに納得出来る記事を書ける。あと残す作業は実際に原産地に行って調べてみるか、原産国在住の研究者(存在するなら)による知見発表が出れば再現性を検証する事くらいだろうかと考える。

、、、、、、

 実物が手元に到着し早速観察してみる。虫個体は2♂とも明色気味、焼けたような湿ったような古本のような香り、関節の脆い硬さ、乾いているにしては色のついた付着物の状態等から、やはり100年くらいは経っている個体と推測した。明るい色合いは、経年劣化によるものか地色なのか判断を付けづらい。

 「形はP. n. hanningtoniに似る。でも何となく違うように見える。うーん、、」。1♂だったら奇形かも?と考えていたろうが、2♂揃って変わった型が見られる。データが駄目そうなものであるから、此の2♂をもってしてP. n. hanningtoniの個体変異と考える訳にもいかない。此れは何かある、何かあるが一見しただけでは難しい。しかしネタとしてはかなり面白い。

f:id:iVene:20230616004056j:image(大きい方の♂は50.1mm、小さい方の♂でも44.3mmある。大顎や頭部の印象は特異的。なお後述するような考察をしたため、元から付いていたラベルとは別に、自身で書いた考察記述のラベルを記述者氏名と記述年月日を記した上で新たに付し、後の参照者が混乱しないようにしておく)


f:id:iVene:20230616002141j:image

f:id:iVene:20230616002145j:image

(謎のProsopocoilus個体群。背面を真上から見た時、頭部前縁の角から頭楯先端迄の距離が比率的に短い、大顎基部背面が平面的で粗い点刻が見られる。また大顎外縁は、近似した型のP. n. hanningtoniに比べて僅かに凹み方が弱い)


f:id:iVene:20230616002741j:image

f:id:iVene:20230616002744j:image

(謎のProsopocoilus個体群、大顎斜め後ろから。大顎基部外縁は比較的鋭利に角張る。基部中央や内縁は凹まず平面的で、P. n. natalensisともP. n. hanningtoniのどれとも形の一致率が低い)

 タンザニアP. n. hanningtoniで酷似する型も有るので、其れを対照群に加えて比べてみる。体型は殆ど同じだが、やはり異なる。


f:id:iVene:20230616003158j:image

f:id:iVene:20230616003201j:image

タンザニアP. n. hanningtoni個体群。背面を真上から見た時、頭部前縁の角から頭楯の突出長が比率において比較的長い、大顎基部背面はやや立体的に凹凸が見られ表面は比較的点刻の隆起が弱く細かく滑らか)


f:id:iVene:20230616003544j:image

f:id:iVene:20230616003547j:image

タンザニアP. n. hanningtoni個体群、大顎斜め後ろから。大顎基部外縁は比較的丸みがあり、左個体のような鋭利的な個体でも少々丸く尚且つ此れは稀型、殆どの個体は右個体のように膨らんだような型になる)

 今回見つけた謎のクワガタ個体群は何なのか、アフリカの何処かにいる系統だったとまでは其の外形から見通しが付く。しかしデータラベルの言うマダガスカルからは此の形のクワガタムシが新たに採集された他例は無い。昔の森林伐採で絶滅した可能性も"他に古い個体群から見た事が無い"から殆ど考えられない。

 マダガスカル島は変わった生物層をしているから、昔から広く様々な産地を調べられてきているエリアであり膨大な資料がある。クワガタムシ科に関しては種数は少ない。

 そうであるのに、此れ迄こんなに判りやすい形で50mm近いクワガタムシが全く未記載のまま採集記録すらなされていないという事には違和感しか無い。此の要素は"データの記述が本当の事を言っていない"可能性を限りなく高める。

 マダガスカル近辺の島々で2種以上のProsopocoilus近縁別種が分布する産地も実態的な記録が無いし、飼育技術など全く無かった頃に2♂同時的に齎されてあろう事から雑種という可能性も殆ど無い。自然界の雑種は人海戦術ですら複数まとまって採集される事は信頼性の高い前例が無く、またアフリカ大陸内で此の形態の雑種を生み出す親種が不明である(P. n. hanningtoniに酷似した雑種を生み出しそうな2既知普通種が混生する例を思いつけない)。

 つまり"P. serricornis"の同定は間違いなく誤りだが、ラベルが誤データの可能性も高い。しかしてマダガスカル島か東アフリカのエリアから得られてそうな体長50mmにも達する此の謎のクワガタは何なのか。文献やインターネットの情報では完全に一致する既知資料が全く見られない。

 謎のProsopocoilus sp. 2♂個体は、一見したところではタンザニアマラウイあたりに分布するP. n. hanningtoniに近似する印象だが、大顎外縁の凹みは僅かに控えめ、顎基部背面は立体的にならずノッペリと平面的でP. n. hanningtoniよりも点刻が粗い、顎基部外縁は肥大や隆起をせずに比較的鋭利に角張る。また頭楯の突出が比較的控えめ。

 件の♂個体群がマダガスカル近辺の島々のどれかの産出という可能性も少しばかり考えられる。東アフリカは過去ドイツの植民地であったし、マダガスカル島や其の西側周辺の島々はフランス、東側はイギリス領だった事もあり、今は独立国家を運営するエリアが殆ど。とはいえ此れ等のデータからは参考程度で考えるのみに留め特定には至らない。

 2♂とも安定した特徴を複数の部位で持っていたため奇形の可能性は低いと予想される。また2♂とも同時期に採集されたと思しきように1枚のラベルが共有されたデータとされており、他のマダガスカル特産種個体群とのコンタミ状況も全く見られなかった。

 ♂交尾器形態はタンザニアP. n. hanningtoniと全く一致し生物種としてはP. natalensisだが、こう駄目なデータでは他から照合出来ない個体の同定は難しい。此の著しく誤りの可能性が高いデータでは分類論文には全く使えない。しかし同定の見通しが付けば産地を予測して実物資料再採集の目処を立てやすくなる。

 2♂あるうちの大歯型は同グループでは巨大で、他では全く一致するものを見た事が無かった。アフリカ大陸内の未調査エリアや調査不足の産地で産出したものだったりするのか、いや、其れだったらいくら昔でも"マダガスカル"みたいな明らかに間の抜けた間違いはしまい。

 消去法で可能性を絞り、最初は排除していた薄い可能性が一つ再浮上してきた。「もしかして、コモロ諸島産?」。コモロ諸島マダガスカル島に近く、古くは其の辺り一帯の島々がフランス領だった時代があった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%AD%E8%AB%B8%E5%B3%B6

 "実際にはマダガスカル産ではないが、集荷地がマダガスカルだった可能性"は考えられる。マヨット島からは別の分類群が多数採集され、今回の2♂に一致するものは再発見されていない。という事はコモロ連合の島々の産である可能性を消去法で絞り込められる。

 なお"Prosopocoilus punctatissimus"は以前の記事で述べたように良い資料が揃った状態とは言えない為、コモロ連合側のProsopocoilus属生物集団について此処では"コモロ連合Prosopocoilus sp."と考える。いずれはコモロ諸島での調査でコンタミの可能性が無い個体群を得る作業が必要不可欠と考えられる。

 しかし文献に載るコモロ連合側3島の個体群は大抵が♂ですら35mmにも満たない小型個体で、普通はそんなサイズの離れた大型個体がいるなんて全く想像がつかない。50mmもあるクワガタが"コモロ連合産"という発想が先ず普通出てこない。これまでの文献の何処にも、そういう可能性に一致しそうな前例が示された事は無い。見当違いの可能性が高くはないか悩ましい。

 いや、しかし私は偶然にも観た事がある。日本国内で"世界のクワガタムシ"を扱ったパイオニア的存在の故・稲原延夫氏の所蔵品に、明らかに45mmに迫る19世紀末グランドコモロ島産で"Prosopocoilus punctatissimus"と同定される♂個体が有ったのを。あまりに衝撃的な個体だったため撮影して写真も手元にある。稲原氏所蔵のグランドコモロ産1♂は黒化型だが、大顎の形態やサイズは今回の謎クワガタの中歯型♂に酷似し、頭楯の突出が控えめな特徴を含め全く一致率が高い。

 今回の謎の2♂は、もしかしてコモロ連合の何処かの島で採集された個体群?、古い資料では遺伝子的な比較が満足に出来ないから遺伝子以外の形質で考えるしか無いが、此の場合は見られる形態で或る程度の事が解る。

 ここで残っている問題として"確実にコモロ連合から採集された個体群"がP. natalensisと交尾器形態に差があるか無いか調べなくてはならないが、自身の手持ちに良い"コモロ連合産"データのProsopocoilusが無い。

 分類屋の友人を頼り、Bomans氏から送られたという"Prosopocoilus punctatissimus"の同定ラベルが付くコモロ連合ノコギリクワガタ小型1♂個体を観察させていただいた。結果、外形では大顎基部背面内側の膨らんだ形状と点刻状態、頭楯の突出が弱いという点で特異的。観察した1♂の交尾器はパラメレが微妙に短い印象だったが、P. natalensisの変異外の形態ではなかった。小型♂では他文献でも全く安定しているように前胸側縁後方の突起が見られないが、稲原コレクションに有ったような大きめの♂個体では鈍角ながらやや突出が見られ、其れは今回の謎個体群に一致する。♀の実物観察は満足に出来ていないが、文献やネット上で見られる個体のエリトラ表面の点刻の特徴から判別は容易と考えられる。つまりコモロ連合から採集されてきた個体群はP. natalensisの亜種である可能性が高いとの考察結果も得られた。此の観察からは今回の考察に絶対欠かせない重要な結果が得られた。

 つまり、今回主役の謎なノコギリクワガタ個体群はコモロ連合の島々から採集された生物集団と同じ分類群の生物集団である可能性が極めて高い。そうだとすれば、データさえ駄目でなかったなら大変貴重な個体群だったと考えられ、口惜しい気分になる(とはいえ誤データ・誤同定でなかったら売りに出てこない予感はする)。

 此れ迄のコモロ連合からは、体長50mmはおろか40mm以上のProsopocoilus個体群が記録された事は文献上でも全く無かった。完全大歯ではないかもしれないが、ここまで顎の発達した♂は他に記録が全く無い。稲原氏の巨大個体を見た時は"此れ程凄まじい資料は他にはなかなか無さそう"ように思えたが、今回調べる事になった2♂は其の予想を遥かに凌駕した個体群である可能性が考えられる。飛び抜けて大きな個体が希少であると、単なる一型すら見当が付きにくいという事を知らしめてくれる良い例でもあると考えられる。

 しかしなぜ、コモロ連合から記録される此の系統は小型個体ばかりに偏って掲載されるのか。文献に載る個体資料は少ないが書籍の図示では大体35mm程度で頭打ちになり40mm以上なんて全く想像が付かない。35〜50mmになるならば割合大きな個体が他にも多数残っていそうなものの、稲原氏所蔵だった以外では古い個体群からすら見られない。このギャップが何故有るのか。ここで今回見つけた"誤データらしき個体群"が100年以上経っていそうであった事と、稲原コレクションにあった巨大な19世紀末の採集個体、また領地の歴史的問題、またコモロ諸島での森林伐採の問題を加えて考える。遺伝学をやっていれば、地域変異というのは環境影響による遺伝子以外の働きや遺伝子的作用との連動で起こりうる"フェノコピー"が大きく由来していると分かる。コモロ諸島森林伐採により、原生林とは異なる生態系に改変されてきた。豊かな自然で大きくなる系統も、劣悪な環境下ではフェノコピーが作用し小型個体ばかりに偏って出現するしかなくなる事も考えられなくはない。コモロ連合Prosopocoilusも劣悪化した環境下で生存する上で集団が小型化した可能性が高い。また1988年以降で記録が無く絶滅の可能性も危ぶまれるのは、此の歴史的自然史的な変化が見られる事も一つ大きな根拠である。少なくとも19世紀末には巨大な個体が採集されていた。今代の現地画像を調べるとヤシの木が多数あり禿山が並びクワガタがいそうな地域が少ない。大型個体群が多数採集されていた時代は、自然も豊かだった可能性が高い。そしてそういう時代は島に入りにくかった。今回注目した2♂も其のくらいの時代に採集された限定的なものだったのかもしれない。

 絶滅しておらず再び此のような大型個体も採集される将来があるかもしれないが、森林伐採はどれくらい抑えられるのか。。

、、、、

 マダガスカル島から東の列島には原始的なクワガタが見られる一方で、西側のコモロ諸島マダガスカル島Prosopocoilus群が分布する謎は、以下に引用するURLにて纏められるプレートテクトニクス推定考察から何となくの理解が可能であった(誤字脱字は多少あるが内容の主旨は理解出来る)。

 チャレンジャー号は、モザンビーク海峡はもちろん、ケニアタンザニア沖やマダガスカル島の東海域まで十数ヵ所の海底でボーリングをおこない、海底の堆積物を調べた。

 それによると、どのボーリングでも共通して、海底の地層は、第三紀中新世(三千二百万年~二千百万年前)より上の層は、すべて連続して堆積した外洋性の堆積物であった。つまり中新世以後、マダガスカルとアフリカをおけるモザンビーク海峡は、陸上動物の歩いてわたることのできない公海として続いてきたのだ。

 ところが、その中世期層の下にはすぐ始新世(五千三百年~三千七百年前)の地層が続いており、その間にあるはずの漸新世(三千七百年~二千二百年前)の地層が、全く見られないのである。

 このことは、始新世にあったモザンビーク海峡が漸新世に陸化したことを物語っている。

 しかし、この陸化は、いったんはなれたマダガスカルとアフリカ大陸がまたくっついたのではなく、海水の水位が異常に低くなったためにおきた現象のようだ。

 この時期、海水面が後退したことは、世界的に知られていることからも、間違いないといえよう。

 化石としても現生動物としても有名なマダガスカルの原猿レムール(キツネザル類)も、その時に渡ってきたのかもしれない。

 その後、島になったので、ほかの進化した動物たちに圧迫されなかったために、いまも昔のままの姿で生きのびているのである。

 島というものは、このようにしばしば原始的な動物群の避難場所となるからだ。

 第一章でのべたようにマダガスカル島にふしぎな生物が多いのも、同じ理由によるものだろう。

 ウェゲナーが考えたカバの移動も、たまたまできたこの陸橋を渡って行われたのかもしれない。

http://ktymtskz.my.coocan.jp/S/A/earth7.htm#0

 また他に"漂流物に載って海を渡った"という説が遺伝子考察から推定されるものが出てきているが、生物によって世代交代にかかる期間の長さや変異の速度や頻度が異なり遺伝子情報を軸にした逆算で移動時期を考えるのは難しいと考えられる。あと「漂流物に乗って渡った」可能性も確かに考えられなくはないが、ならば同じ頻度で"特化した後にマダガスカルから大陸に帰った生物種"の存在が見られない事に説明が付きにくい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6fc2c00e543bfbdee3aae52c1f623d2610a9edf4

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E6%B5%B7%E6%B5%81

モザンビーク海流は流れが南西へ安定しているようだけど、太古では変化した時代もあった?今の時代の海流方向だと、漂流物が大陸からマダガスカル島に行きつく海流に乗る前に他の海流に呑まれる流れに見える)

 とりあえず此れ等の推定は何れも私の考える「Prosopocoilus属の祖先はインド亜大陸が分離・独立後に発生し、白亜紀後期〜始新世の辺りでユーラシアと繋がった後に東西へ拡がった」という仮説に見事に合う。

 原始的なLucanidae科固有種群が見られるマスカレン諸島等のマダガスカル島以東の島々は、モザンビーク海峡が繋がるより前に分離していたのかもしれない。マダガスカルは南北を縦断する山脈がある事から、一時的に何等かの地理的隔離で2分していた時期もあり其の時代に原始的なGanelius属等は西へ移動出来なかったのかもしれない。

 或いは、Ganelius属等の原始的種群が大陸に戻らなかったのは、古い原生林にしか無い分布環境を好み移動しなかった為で、Prosopocoilus等の大移動が可能なほど適応力が強かった生物種のみがモザンビーク海峡が陸地化した時に出来た森林環境を伝って移動した可能性がありうる。

 インドやインドシナインドネシアに分布するノコギリクワガタの仲間でも原始的且つ多様なグループがアフリカの地域に分布が見られないのは、インド亜大陸近辺で留まった原始的Prosopocoilus属種群が同地で時代の流れに伴う環境変化に適応するため形態変化と分化を繰り返す一方で、アフリカまで移動した系統は寧ろ形態は比較的変えずに生物に適した産地に分布すべく広がったからと考えられる。

 全て合わせて考えれば殆ど理に叶った仮説と考えられる。

 モザンビーク海峡が陸地だった事があったとすれば、アフリカに分布するProsopocoilusの形態から、マダガスカル島マヨット島コモロ連合3島の順に大陸と分離したと考えられる。漂流物に乗って渡ったならば、ここまで綺麗に連続的な分化をしたと考えるのは難しい。

 しかしこれはまた壮大な自然史が脳裏を過ぎる。Prosopocoilusの祖先達はインド亜大陸で発生し、インド亜大陸がユーラシアに繋がって侵入可能になった後、西方のアフリカ大陸へ移動し、またマダガスカル島にも移動し其の周辺で分化した。そういう順序が太古の昔に有ったのではないかと。

【追記】

 今回の調査劇は運命的で不思議な事象だった。コモロ連合Prosopocoilusは地味ながら昔から私的に注目していた事(忘れてしまったが多分20年以上前)、奇遇にも不正確な誤データらしき個体群が出品されていて其れに気付けた事(しかもサンプルの数量や型が考察目的には絶妙なものだった事)、稲原氏の特別な個体を観察出来ていた事、分類屋の友人が必要な資料を持たれていた事、アフリカ産の同グループ資料について今回の考察に必要な最低限の資料が手元に集まっていた事。様々な要素からして私にしか書けないような内容の記事と考えられる(※分類学には生物学、論理学などの予習も必要になる)。

 どれ一つ欠けていても今回の考察に至れない。しかも此処まで考察した上でも"誤データの可能性が高い資料だと、此のように同定や分類の結論が確定の一歩手前で終わってしまう事の理解"を示すにも良い例だった。

 記事を書いていて神的な存在に文章化を促されていたような錯覚すらあったが、錯覚ではないのかもしれない?兎にも角にもアクセスの容易な場に、世に出す必要がある記事との義務感があった。

 以前のP. natalensisの記事も記事にする予定にはしていなかったが、今回の記事を書くために急いて記事にした。とはいえアフリカ産Prosopocoilus全般、全ての資料群について、私的な資料が無ければここまで具体的な話が出来なかったし、其れどころか何も気付かないままだった可能性が高いと考えると怖気すら出てくる。

 何にしろ環境問題については具体的な例の明示が必要で、また急いてわるい事はない。

、、、、

 しかし絶滅種といえば、2019〜2020年のいつだったか忘れてしまったが過去の即売会で知らない人達同士がやっていた凄い会話を小耳に挟んだ事がある。「絶滅したら価値が上がるんだし絶滅してくれた方が持ってる側としては嬉しい」「絶滅してしまっても代わりに近縁種を放てば生態系には問題無いと思う。どうせ一般人には分からない。絶滅危惧種は俺たちの商売道具」「絶滅する前に沢山採集しなくちゃコレクション出来ないから焦る」だそうだった。

 昨今SNS上の商業系や迷惑系YouTuberなどと其れ等の信者達で流行っている?"変わった価値観?"であれば非倫理的な人間も出てくるリスクは成り行き的にも考えられる。とりあえず"商業主義の成れの果て"では、そういう思想になる人達が現れても不思議は全くない。怖い話である。。

https://twitter.com/stdaux/status/1668097403013169152?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 しかし絶滅した生物種は新しく自然界から採集出来ず、変異を並べたり分類考察をする難易度が異常に高くなってしまうし、飼育累代も生態観察も出来なくなる。また絶滅種が近縁種と同じ生態であるとは全く言えないから代用にもし辛くシンプルに環境破壊でしかない。絶滅種の生物的存在感は現生種に比べて格段に認知度が落ち、人によっては空想生物や他の既知普通種などと判別が付いていない。デメリットだらけである。

 "生物分類群が絶滅する事"のデメリットは甚大であり、其れが未発見のものならば生物資料が残らないまま自然界と人々の認知の両方から全く失われる。其れが分からない人達なんていないようなイメージが社会通念的だが、今のSNS社会では不安の芽が出てきている予感が絶えない。。

https://twitter.com/may_roma/status/1662904190501371910?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 一時期に生産され絶版になっただけのレアカードなどと、太古の昔から自然に産出してきた生物分類群がたった数十年から数百年の人為的活動で全く完全に絶滅させられてしまうのとでは、意味合いが途方もなく違うのだが。

https://tsuputon7.hatenablog.com/entry/2017/12/14/140441

 絶滅危惧種や人為的絶滅種を"商売道具"と考えている人達には「今を愉しみたい。将来の事なんて知らん」という人達と「そんなに簡単に絶滅せんだろ。いつかまた殖える」との考え方をする人達の複数パターンがあると考えられる。絶滅危惧種は油断していると知らない内に人為的に絶滅した可能性の高い前例が複数あるし、資料を集め遅れた者にとっては悩みのタネであるから、前者は利己的であり後者は暗愚と言える。

https://twitter.com/atkyoudan/status/1667697607462854658?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 規制で利権を貪る人達や、目先の利益の為に将来払う事になる莫大な維持コストを考えもせずに開発産業で環境破壊する人達、そして絶滅種や危惧種売買をお祭り感覚で悦ぶ人達は、実質的には絶滅種数を増やすベクトルの道に向かって呉越同舟しており、彼ら同士の冷戦状況は多数散見されるも何ともシュールな光景に見える。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1619935596855853056?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 生きる糧にするにしても、其の供給源が失われないような工夫を先ずしないなら、やはり知らぬ間に絶滅種を増やす事になりそうで不安になる。

https://energy-forum.co.jp/author/iseki/page/13/

https://twitter.com/tibanojirotyou/status/1664885319945297921?s=46&t=6MVYq5Ovmu_MXJ16l5mXpw

 "絶滅種"は有史以前にしろ人為的にしろ一定の考察を可能にする資料にはなるが、其れにコレクション性の価値のみに偏って追求する考えは商業主義的独善過ぎる感がある。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

 全ゲノムを解析し復活させようなんて話も理論上出てきているが、自然界に放して良いものか(放す時点での生態系が既に全く適応不可になっていないか)、其れ等が全く自然界固有だった系統と同じ生物性と証明出来るか(不純な研究にならないか)、考えなくてはならない課題は其処にも膨大にある。固有の生態系を持つ原生林を守っていれば考えなくて良い事である。

 他方、環境保護活動家を自称しながら歴史的芸術資産を破壊的に扱う政治的パフォーマンスが見られたがアレ等は理性的でなく説得力も蚊帳の外で明らかに逆効果であるし、他にも「環境保護を叫ぶなら、その土地を買ってでもして守ってから言え」みたいな主張をする人達を見かけた事もあるが、そんな僅かな人達にしか出来なさそうな環境保護方法は寧ろ環境破壊活動をし易くするものでしかない。アレ等の軽薄な活動は環境破壊サイドによるスケープゴートの応用ではなかろうか。

https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/monalisa_news_20220531

 過去日本国内で大ヒットした創作作品でも、そういう"自然と人の関係"について考察を促す明瞭な示唆が多数あって参考になる。

https://ff15soku.2chblog.jp/archives/36618771.html

https://wikiwiki.jp/ffdic/%E8%A8%AD%E5%AE%9A/%E3%80%90%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%83%90%E3%80%91%28JENOVA%29

【近況】

 白亜紀のクワガタ?らしき甲虫が入ったミャンマー琥珀について5例話が入ってきたが、いずれも状態が微妙で科同定に足る資料では無かった。大顎が良く発達していて多分クワガタなのかもしれないけれど、やっぱり確信出来ないと資料にはしづらいというものが複数あった。おそらく同定困難でストックされていたものと考える。

http://burmiteamberfossil.com/index.php?m=content&c=index&a=show&catid=58&id=734

(こういう感じの)

 同定が可能か否か、真偽の判定が可能か否かで、資料の価値は全く異なる。

 そう考えるとやはりProtonicagus taniの原記載はレベルが高い。"其の産地その時代"から初めて"科階級"の同定が可能な生物遺骸に学名を付ける事は記録的な意味がある。「何度読み直してもクワガタムシ科化石種記載についてProtonicagus taniだけは、記録的意味以外の記述や学名の語源説明まで完璧に科学的な記載論文になってるんだよなア」と不思議な気分になる。他の怪しげな既知分類群学名の記載を褒める言い回しは皮肉だったのだろうか。

https://ivene.hatenablog.com/entry/2021/10/16/132320

ナタールノコギリクワガタの色々

 東アフリカには南北に広く普通種Prosopocoilus natalensis (Parry, 1864):ナタールノコギリクワガタの分布が見られる。

 P. natalensisというと有名産地はタンザニアを中心にケニアマラウイにも分布するとされ、特にタンザニアにはウサンバラ、ウルグル、ドドマ、イリンガなどの多産地があり日本にも過去に生体が輸入され累代もされた。しかし実際の基準産地は遠く離れた南アフリカにあり、分類については諸説ある。一般的な分類では他亜種が無い広域分布種という扱いだが、どうもそうではないらしいので以下に説明する。

f:id:iVene:20230521171708j:imageタンザニアドドマ産。顎の発達した♂個体は割合少なく殆どが短歯〜中歯)

f:id:iVene:20230521170926j:imageタンザニア・ウサンバラ産の個体群。一般的に"ナタールノコギリクワガタ"として頻繁に見られるタンザニア産は、沢山見比べると大顎の発達と体サイズは比例しない例が見られる)

f:id:iVene:20230521184037j:imageタンザニア・イリンガ産個体群。♂は短歯のまま大型化すると基部内歯が特異的に発達し小型♂で見られる短歯とは異なった"中短歯"と言いたくなる型になる。他にも中歯〜準大歯〜通常大歯〜完全大歯まで♂の大顎のバリエーションは様々)

f:id:iVene:20230524203817j:imageタンザニア・ウルグル産。分布域では近縁な別の"普通種"は見られず専ら1種のみ見られる。近い場所から近似するウェルナーノコギリクワガタが1つだけ記載されるも、希少性が明らかに異なっていて其方は情報があやふや。採集されるのは大抵"ナタールノコギリクワガタ")

f:id:iVene:20230521154723j:image(「Bomans, H. E., 1977. Contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Description d’une nouvelle espèce du Zaïre. Bulletin Et Annales De La Société Royale d’Entomologie De Belgique 113(1-3):40-43.」より引用。スケッチ図で"ザンジバル島P. hanningtoni"として記録もあるにはあるが、此れはデータの蓋然性が低い)

 注意点としてウガンダケニア西部カカメガ産"P. natalensis"として図示される個体群は、一般的に"P. fuscus"とされる方に一致しP. natalensisでは無い。"P. fuscus"とP. natalensisの中歯♂では大顎基部内歯の形状で見分けやすい。

http://www.inaturalist.org/observations/123417571

f:id:iVene:20230521164651j:image(「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用。ケニア西部カカメガ産"P. natalensis"として図示された"P. fuscus"に一致する外形の個体)

f:id:iVene:20230521161609j:image(「Ikeda, H. 1993. Stag beetles from all over the world.」より引用。1①♂のような完全大歯は何故か日本の書籍以外では見られない。1②ウガンダ産♂は"P. fuscus"に一致する外形の個体)


f:id:iVene:20230522085406j:image

f:id:iVene:20230522085342j:image

(「Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.」より引用)

f:id:iVene:20230521164434j:image(「Fujita, H., 2010. The Lucanid beetles of the world Mushi-sha’s Iconographic series of Insect 6.472pp., 248pls. Mushi-sha, Tokyo.」より引用。此処に載る"ウガンダ産"はタンザニア産と一致する外形だがデータの蓋然性が低い。"ケニア産"については東部〜中央のものと予想する)

 さてしかし、P. natalensisは基準産地が南アフリカのPort Natalとされ、一般的に見られるタンザニア産"P. natalensis"個体群とは遠い産地の個体群という話になる。

 タンザニア産についてはキリマンジャロ山付近のForests of Tivetaから中歯♂を基に"Prosopocoelus hanningtoni Waterhouse, 1890"として記載されていて、Kriesche, 1919等でも見られるようにP. natalensisの亜種に分類された事もあった(此れ迄に他のシノニムにされた分類群はシノニムで良さそう)。

http://www.bio-nica.info/lucanidae/PROSOPOCOILUS.htm

(ここでもP. natalensis hanningtoniと亜種に分類される。原亜種はモザンビークナミビアからも記録されるらしい)

 池田晴夫氏の図鑑ではP. natalensisの学名に"ハニントンノコギリクワガタ"の和名が併記され昔の名残が見てとれる。一般的な分類ではシノニム扱いらしいけど実際にはどうなのか。

 ケニアマラウイの個体群は地域差はありそうだが、其のエリア内では特に亜種以上に分類する程は違わないらしい。


f:id:iVene:20230521165411j:image

f:id:iVene:20230521165408j:image

(「Nishiyama, Y. 2000. Stag beetles of the world. Mokuyo-sha, Tokyo.」より引用。※右のマラウイ産ペアは"P. fuscus"として図示されるが、一般的にタンザニア産で見られるナタールノコギリに近しい外形)

 しかし見慣れない南アフリカ産については、タンザニアでは全く見られない型が出ている。「"P. hanningtoni"はP. natalensisのシノニムになっている事が多いが、もしかすると別な分類群なのではないか」と考え、調べてみる事にした。

 原記載者Parry氏は後出記載のParry, 1870でP. natalensisの♂個体群スケッチを図示した。Bartolozzi & Werner. 2004では図鑑中に南アフリカ産を大小♂個体群を図示され、Parry氏の図示したスケッチと一致率が高い。


f:id:iVene:20230521153314j:image

f:id:iVene:20230521153310j:image

(「Parry, F. J. S., 1870. A revised catalogue of the Lucanoid Coleoptera with remarks on the nomenclature, and descriptions of new species. Transactions of the Royal Entomological Society of London :53-118.」より引用)

f:id:iVene:20230521164800j:image(「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用)

 "P. natalensis♂"は大歯になると、タンザニア産では大顎基部が太く先端に向かい細まるが、南アフリカ産の大顎基部は明らかに細く先端までの太さは比較的変わらない。南アフリカ産の小型♂では大顎基部内側縁が比較的強く湾入する。また頭楯が微妙な二山状になりやすいが、タンザニア周辺産では殆どそうならない傾向らしい。判別点は顎基部が最も参考になりそう。

 iNaturalist等では南アフリカ産のP. natalensisと思しき個体群が多数見られる。

http://www.inaturalist.org/observations/10958786

http://www.inaturalist.org/observations/9975417

http://www.inaturalist.org/observations/9601526

http://www.inaturalist.org/observations/20048338

http://www.inaturalist.org/observations/20283248

http://www.inaturalist.org/observations/23154603

http://www.inaturalist.org/observations/23466595

http://www.inaturalist.org/observations/37367886

http://www.inaturalist.org/observations/41059937

http://www.inaturalist.org/observations/67781846

http://www.inaturalist.org/observations/76920359

http://www.inaturalist.org/observations/106812345

http://www.inaturalist.org/observations/147011730

http://www.inaturalist.org/observations/148952835

http://www.inaturalist.org/observations/148955625

https://www.projectnoah.org/spottings/141806068

 文献上で記録のある内陸部のみならず、街中の公園みたいなところにも分布があって、いかにも普通種である。しかしこれまで文献等では図示をあまり見られない。採集に行く人が少なかったのかもしれない。なるほど南アフリカ産の中型♂は、大顎基部の外縁はタンザニア周辺産みたいには膨らまず角張るらしく、また内歯の出方も大きく異なる。♀は大顎が細く直線的な傾向、体色は赤味が強く光沢も比較的強い。

 はてさて、どうもやはり全くの別分類群に見える。実物を見てみたいが、南アフリカ近辺の個体群は手元に無く、なかなか参照できるものが無い。分類屋の友人に聞いてみると南アフリカに近い"ジンバブエ産"が1ペアあるらしい事が分かった。20頭ほど有る自身のタンザニア産"P. natalensis"を持参し、友人宅にて実物群を顕微鏡で比較観察させていただいた。観察したジンバブエ産個体群の外形はiNaturalist等で見られる南アフリカ産と外観で一致率が高く、交尾器はタンザニア周辺産の個体群と区別点は無さそうであった。とはいえどちらにしろ2生物集団としては亜種以上に異なる分類群と考えられた。此の実物比較観察で得られた収穫は大きかった。

 つまりP. n. hanningtoni (Waterhouse, 1890)の分類群は有効で、種としてはP. natalensisであると考えられる。地図を参照し、おそらくザンベジ川で地理的隔離され分化したと考えられる。南アフリカ産個体群も交えて比較すれば確実になると考えられる。様々参照すればなるほど、科学的方法を考える上でも最も面白い分類群の一つ。

 とはいえ此の生物種P. natalensisについては未だ難しい続きがある。

【References】

Parry, F. J. S., 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.

Parry, F. J. S., 1870. A revised catalogue of the Lucanoid Coleoptera with remarks on the nomenclature, and descriptions of new species. Transactions of the Royal Entomological Society of London :53-118.

Waterhouse, C. O., 1890. Descriptions of new Pectinicorn Coleoptera. The Annals and Magazine of Natural History, Including Zoology, Botany and Geology. London 6(5):33-39.

Kriesche, 1919. Zur Kenntnis der afrikanischen Cladognathinen (Ool. Lucan.) – Mitteilungen aus dem Zoologischen Museum Berlin – 9_2: 157 - 176.

Bomans, H. E., 1977. Contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Description d’une nouvelle espèce du Zaïre. Bulletin Et Annales De La Société Royale d’Entomologie De Belgique 113(1-3):40-43.

Ikeda, H. 1993. Stag beetles from all over the world.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.

Fujita, H., 2010. The lucanid beetles of the world Mushi-sha’s Iconographic series of Insect 6.472pp., 248pls. Mushi-sha, Tokyo.

Nishiyama, Y. 2000. Stag beetles of the world. Mokuyo-sha, Tokyo.

【追記】

 近似他種でタンザニアで近しい分布をするProsopocoilus werneri Bomans, 1999:ウェルナーノコギリクワガタの記載が有るが、此れについては難しい問題もある。2♂5♀で記載されたみたいだが、♂は文献にも図示があるホロタイプの38.5〜39mmの1個体以外見た事が無く、また図示されるアロタイプや博物館にある数頭の♀は外見上P. n. hanningtoniと見分けが付かず本当に此れなのか分からない。Bartolozzi & Werner. 2004に記述のみある44mmの♂はどんなだろうか不明瞭。原記載では交尾器の検討も見られず難しい。二次林の薮の中の枝から採集されたらしいも、変わった個体はホロタイプ以外に未だ見られない。実はP. n. hanningtoniの間性個体だったという可能性は無いのだろうか、気になるところ。。

f:id:iVene:20230521163724j:image(「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用。頭部や前胸は特異的なP. werneriのホロタイプ♂。ファベールノコギリクワガタの雰囲気も垣間見えるが)

、、、、

 とりあえずP. natalensisP. a. antilopus、"P. fuscus"の交尾器を全個体分で比較観察してみれば、なるほど似てはいるが形態比率と外形特徴に其々100%安定した相関が見られる。

https://ivene.hatenadiary.jp/entry/2023/01/09/235146

f:id:iVene:20230521174242j:image(此れ等はコンゴ民主共和国の"P. fuscus"野外個体群。Nord Kivu周辺が代表的な産地でGoma近郊産などはよく見られる。代表的なコンゴ民主共和国産"P. fuscus"と、巷で出回る"カメルーン産アンティロプス"と称される個体群とで特段の区別点は無い。P. a. antilopusとは♂では交尾器全体に対する陰茎部のサイズ比率、P. natalensis♂とはパラメレ形態で、♀では他2種と陰具片形状で判別可能の模様。コンゴ民主共和国では中標高で多く見られるがIturiのKirimaなど比較的低標高の個体も手元に有る。ケニア西部も併せ分布記録地域を見れば平地的な森林の例が見られ、なるほどだからコンゴ民主共和国東部の南北での分布域が広大らしいと察せられる)

f:id:iVene:20230521175825j:imageコンゴ民主共和国Nord Kivu, Kanyatsi産。光沢の強い個体も存在する)

f:id:iVene:20230521180805j:imageコンゴ民主共和国Nord Kivu, Kasuo産♀個体群。見た目はアンティロプスそっくりだが交尾器は"P. fuscus"と一致する形態。他産地でも見られる"P. fuscus"の地域変異と考えられる)

f:id:iVene:20230521175033j:image("ウガンダヴィルンガ産"とあったが、ヴィルンガコンゴ民主共和国側にある。採集時期は不明で、ウガンダとの国境付近なので其の辺りの山塊の個体との理解のデータ。暗色傾向の♀個体)

f:id:iVene:20230521180423j:imageコンゴ民主共和国カタンガ地方の♀個体。カタンガ地方産は大顎が細い傾向が見られるが個体数が少ないため解釈は難しい)

f:id:iVene:20230521181955j:image(「Mizunuma, T., & Nagai, T. 1994. The Lucanid beetles of the world. Mushi-Sha Iconographic Series of Insects. H. Fujita Ed., Tokyo 1:1-338.」より引用。カタンガ産)

f:id:iVene:20230521174817j:imageケニア西部カカメガ産。頭部〜大顎の発達が良く光沢もやや強いが変異内と考える)

f:id:iVene:20230521173355j:image(ザイール産"P. fuscus"として輸入された初期累代個体群)

f:id:iVene:20230521172447j:image(日本国内で2005年頃から"カメルーン産アンティローペノコギリクワガタ"として出回り始めた、画像の個体群は其の初期累代個体群。外形及び交尾器形態は遠く離れたコンゴ民主共和国産の"P. fuscus"個体群と変わらない。此れ等や此れ等に酷似する"カメルーン産"は真偽不明のデータと考えるが"殆ど限りなく黒に近いグレー"の信用度。論文には使用出来ない個体群である。。此れ迄に"間違いなくアンティロプス"と言える生体を日本国内で見た事が無い)

http://www.inaturalist.org/observations/141521271

(iNaturalistだとガボン産のP. a. antilopusが見られる)

 しかし確実に同定可能な個体群を沢山揃えねば、此のグループは識別が少々難しい印象がある。とりあえずマトモなデータ資料が集まりにくい時代になってしまっているが、だからと言って"杜撰な方法"に逃げてしまえば本当の事は一生分からない。

f:id:iVene:20230521181504j:image(ちなみに此れ等はP. a. antilopusでも"P. fuscus"でもP. natalensisでもなく、未記載かP. camarunus等のシノニムになっている既知分類群か不明な生物集団個体群。よく他の既知分類群と誤同定されてある独立種。2000年初頭の頃に生体が日本に輸入され累代された事もあったらしく画像中の幾つかは其の頃のWF1。入手時もやはり誤同定されていた。♂外形は他の近似する既知種群と紛らわしい。♀は光沢が比較的弱く特異的だが"ファベールノコ"と誤同定される事が多い。交尾器の大量且つ精密な観察をしてみなければ、此れ等が独立種だとは全く分からない)

 アフリカ産ノコギリクワガタに限らないが、♂交尾器の比較は陰茎部を引き出して見比べる必要がある(少々難しい)。特筆して面白かった事にP. natalensisの♂交尾器は"P. fuscus"に、♀交尾器はP. a. antilopusに似た雰囲気の形態が見られた。交尾器の観察というのも大量で精密にやってみて初めて分かる事が沢山ある。科学的分類の面白さは此処にもあるのだと。

【Reference 2】

Bomans, H. E., 1999. Description d’une nouvelle espèce de Prosopocoilus de Tanzanie (93e contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides). Entomologia Africana 4(1):29-32.

アンティロプスノコギリクワガタの色々

 西アフリカのシエラレオネを基産地として記載されたProsopocoilus a. antilopus (Swederus,1787):アンティロプスノコギリクワガタ原名亜種は、他にもこれまでにコートジボワール、ベニンやカメルーンガボン中央アフリカコンゴ共和国コンゴ民主共和国辺りまで記録がある。標高200m近辺の低地データを散見され、採集時期は10月〜4月あたりまでのデータが多数を占める(6月などもある)。Bartolozzi & Werner. 2004によればレアリティは"very common"、つまりは"ド普通種"と評価され、2004年以前に記載された亜種は全てシノニムにされてある(後述)。西アフリカ産については図鑑ではあまり見られないが、実際には個体数を沢山見られるくらいには多数が採集されている。

f:id:iVene:20230109084604j:image

f:id:iVene:20230109084622j:image

f:id:iVene:20230109084625j:imageコートジボワールP. a. antilopus。長歯型は稀。色合いや光沢の変異は様々にある)

 原記載を参照すればタイプの描写が残っている事が分かる。頭部大顎は割合詳しく描かれてあり中歯型とまで解る。全体の体型については腹部が細まったような描写で、他には見られないような比率で描いてある。Krajcik, 2003では"NHRSにタイプがあるかもしれない"と記述されたが、Matsumoto, 2019では"タイプ個体は行方が分からない"とされ、代わりに別のシエラレオネ産小型ペアが推定P. a. antilopusとして図示された。

f:id:iVene:20230108224459j:imageP. a. antilopusのタイプ図。「Swederus, N. S. 1787. Et nytt genus, och femtio nya species af Insekter beskrifne. Kungliga Svenska Vetenskapakademiens Nya Handlingar 8:181-201, 276-290.」より引用)

f:id:iVene:20230109084726j:imageコートジボワール産。P. a. antilopusのタイプに似た型の個体。此の型も稀)

 "西アフリカ"を基準産地とした他に近似する種として"Prosopocoilus eximius (Parry, 1864)"の記載があり、P. a. antilopusと同分類群か別種か意見が分かれる。此れについてMaes, 1990は交尾器の比較を行い、同一形態だった事から"同じ地域に分布する形態上の変異に過ぎない"と結論した。しかしMaes, 1990の比較ではP. a. antilopus等のタイプが使用されたか否か読解出来ないため実質的な解釈は困難。Maes氏の認知・同定は結構不安定であるし、そもそも其の時点でタイプ個体の行方が分からなかった可能性が高く、原記載の文章説明のみからの追跡で同一視されたと考えられる。また、Bartolozzi & Werner. 2004で"P. eximius"が残されていた理由は、他にP. a. antilopusのシノニムになっている学名群の事を考えるとよく分からない。

http://www.bio-nica.info/RevNicaEntomo/11-Lucanidae.pdf

(Maes, 1990はP. a. antilopusに近縁なフスクスノコギリクワガタやナタールノコギリクワガタと交尾器で見分けられるとしたが、実際の判別法とは異なるスケッチに見える)

 Cladognathus eximius Parry, 1864(P. eximiusのbasionym)の原記載ではP. a. antilopusではなくセネガルノコギリクワガタや、現在はP. a. antilopusのシノニムになっているC. quadridensとの比較で、色彩の差異で記載されている事が分かる。つまり"P. eximius"の原記載からではP. a. antilopusとの差異が実際に種レベルで異なるか否か分からない。

This species is allied both to C. Senegalensis, Klug, and C. quadridens, Hope, from which, however, its rich chestnut colour, similar to that of C. Savagei, Hope, at once distinguishes it.

(「Parry, F. J. S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.」より引用)

https://www.flower-beetles.com/ivory3.html

http://www.inaturalist.org/observations/147611846

コートジボワールP. a. antilopus生体写真のあるページ)

 また、私の手元にある西アフリカ産資料群はコートジボワール産に集中しているが、そこからはP. a. antilopusに似た別種は確認出来ていない。

 情報を整理すると、西アフリカからP. a. antilopusのシノニムになっている、或いはなりうる分類群は複数あるが、いずれも原記載でP. a. antilopusとの差異は曖昧、または無い状態で記載され、実際に西アフリカから隠蔽種関係の別種は確認不能である。しかしP. a. antilopusのタイプは行方不明であると。

 この事から原記載のタイプ図はデフォルメがあると予想される事が漸く説明できる。

 トーゴ、ガーナ以西〜コートジボワールからリベリアシエラレオネまでにおいて、地理的に亜種の分化をしている分類群は少なくともクワガタムシ科では見られない。ネオタイプの指定などともなれば、シエラレオネ産でタイプ図と一致率の高い型を選ばねばならないが、Matsumoto, 2019にて図示のあるシエラレオネ産小型ペアとコートジボワール産で特段の差異は見られないことからコートジボワール産もP. a. antilopusと同定した。

 図鑑などであればP. a. antilopusというとカメルーン産をよく見かける。過去では"P. antilope:アンティローペ"とよく呼ばれたのを見かけたが、其れは命名規約的には不正な後綴り。

 現在ではシノニムになっている学名も多く、なかにはカメルーンから記載されたProsopocoelus camarunus Kolbe, 1897もある。Kriesche. 1919はP. camarunusについて"カメルーンから中央アフリカに分布していてP. a. antilopusとは異なる"と熱弁されているが実際のところは論文のみからでは読解出来ずであるため此処では考察を割愛する。Kriesche氏の記載した分類群が沢山シノニムになっているように、氏の認知・同定も不安定だから鵜呑みは出来ない。P. camarunusの原記載では"P. eximiusと似ている"とされ微妙な形態差で記載された事が読解できる。カメルーン産については沢山見てみれば分かるが、♂は割と明色の個体が多く♀は模様の傾向に偏りが見られる。

f:id:iVene:20230109084907j:image

f:id:iVene:20230109084915j:image

f:id:iVene:20230109084922j:imageカメルーンP. a. antilopus。詳細な産地とするとBamendaやMt. Cameroonが見られる。西アフリカ産に比べ鮮やかな色彩の傾向。近縁の他種とは、♀だと特に交尾器を見比べないと判別が難しいと考えられる)

 "P. camarunus ducis Kriesche, 1919"や"P. camarunus insulicola Kriesche, 1919"もP. a. antilopusのシノニムになっているが、此方については基準産地的に"Prosopocoilus fuscus (Bomans, 1977)"と同一の可能性がありうる。コンゴ民主共和国東部からはP. a. antilopusの発見例は皆無でデータの真偽判断も難しい。人によっては"P. fuscus"と同形態の個体を"P. a. ducis"と同定してある。ただし調査不十分であるため以降これら分類群について此処での考察は割愛する。ちなみに"P. fuscus"と同定される個体群はP. a. antilopusと交尾器形態で判別可能。

f:id:iVene:20230109085013j:imageP. fuscusのホロタイプ図。「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用。♂は体比率中でエリトラが比較的長く、艶消し傾向、♂大顎基部内歯が突出しやすく、雌雄の中脚外縁1/2の位置に明瞭な棘が見られる。♀は模様が参考になるが交尾器以外での判別は難しい)

 P. a. antilopusは西アフリカ、ガボンコンゴ共和国南部の個体群は暗色傾向で、カメルーン産のみ鮮やかな明色になりやすい傾向、体型の比率にも傾向があり面白い。また♀の模様も地域的な傾向が出やすい。

f:id:iVene:20230109085028j:imageコンゴ共和国南西部産P. a. antilopus。暗色傾向だが鮮やかな色彩。♀の模様は西アフリカ産の其れに近い)

 しかしカメルーン産でも雌雄ともに西アフリカ産と全く見分けのつかない個体群が見られるので地域変異と考える他ない。似た考察がKriesche. 1919でもなされる。

f:id:iVene:20230109085036j:imageガボンP. a. antilopus。比較的カメルーンに近い産地の個体だが暗色傾向)

 ギニア湾にあるビオコ島、プリンシペ島、サントメ島、アンノボン島からも記録と記載がある。しかしBartolozzi & Werner. 2004では、ビオコ島・プリンシペ島から記載されたP. a. beisa Kriesche,1919およびサントメ島から記載されたP. a. insulanus Kriesche,1919についてはシノニムとされる。P. a. beisaについては私自身観察不十分であるため此処では考察を割愛する。サントメ島亜種は体型の比率と模様の傾向で亜種と認められそう。

f:id:iVene:20230109085048j:image(一応"ビオコ島"産とあった個体群だが此方はデータの蓋然性を確認出来ていない事を注記しておく。コートジボワール産の個体群と見分けがつかない)

f:id:iVene:20230109085057j:imageサントメ・プリンシペ民主共和国プリンシペ島産。此の個体では準中歯でも内歯の出方に差があるように見え、側面から観ると前胸腹板突起が突出する)

f:id:iVene:20230109085140j:imageサントメ・プリンシペ民主共和国サントメ島産。体型や色合いが特異的。此方の個体群も前胸腹板突起がやや突出する)

https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/390/0

(此の記事でも触れられているBartolozzi & Werner. 2004掲載の長歯型♂個体のデータは"Principe Isl."とあるが、色彩のパターンや体型はサントメ島亜種に近い)

 またアンノボン島亜種P. a. amicorum Matsumoto, 2019については、私自身で満足のゆく観察が出来ていないため此処ではあまり触れないが、判別法として記載される体型や脚の比率などはP. a. antilopus自体で相当に幅広い形態変異があるため識別点とはしづらい印象がある。強いて言うならば、論文中で説明される"mesosternal processが狭い"という部分は特徴的と考えられるような気がする。この分類群を分類学的に考察するには腹面中央を観なくてはならないという訳である。古いデータの個体資料群しか無さそうなアンノボン島亜種について誠実な再検証をするとするならば、先ず新たに沢山採集しなくてはならない。中胸腹板突起(mesosternal process)が特徴になっている亜種というのは其れが本当ならレアケース。

http://tb.plazi.org/GgServer/html/98626D5EC774FF8C21EAB7D8FCD8F8C0

Diagnosis. There are clear morphological differences between P. antilopus amicorum new subspecies, and P. antilopus antilopus , including the subspecies found in Gulf of Guinea islands. The following characteristics of P. antilopus amicorum new subspecies can be used to distinguish it from P. antilopus antilopus ( Swederus, 1787) and associated subspecies: 1) prosternal process slightly narrower (♂ and ♀); 2) mesosternal process of is narrower (♂ and ♀); 3) elytra is shorter and much rounder at the posterior end (♂ and ♀); 4) aedeagus narrower (♂), 5) flagellum is shorter (♂), 6) pronotum has flat outline around the lateral margin (♀).

(「Matsumoto K., 2019. Description of a new subspecies of Prosopocoilus antilopus (Swederus, 1787) (Coleoptera: Lucanidae) from Annobón island, Gulf of Guinea. Zootaxa 4559:581–586.」より引用)

 一方でアンティロプスノコギリクワガタのレアリティについては、"ド普通種なのに資料が入手困難とは此れ如何に"と悩ましい状況がある。それだけ現地採集に行く人がいなくなっているという事を示唆している。

 とりあえずは各地の個体群を沢山比較すれば科学的な考察が出来るという事が解る点で良い分類群と考えられる。"網羅的且つ詳細な観察・比較考察"が、我々の行う生物分類行為では根源的且つ中心にあると理解させてくれる科学的に最も面白い分類群の一つ。

【References】

Swederus, N. S. 1787. Et nytt genus, och femtio nya species af Insekter beskrifne. Kungliga Svenska Vetenskapakademiens Nya Handlingar 8:181-201, 276-290.

Matsumoto K., 2019. Description of a new subspecies of Prosopocoilus antilopus (Swederus, 1787) (Coleoptera: Lucanidae) from Annobón island, Gulf of Guinea. Zootaxa 4559:581–586.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Kriesche. 1919. Zur Kenntnis der afrikanischen Cladognathinen (Ool. Lucan.) – Mitteilungen aus dem Zoologischen Museum Berlin – 9_2: 157 - 176.

Bomans, H. E., 1977. Contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Description d’une nouvelle espèce du Zaïre. Bulletin Et Annales De La Société Royale d’Entomologie De Belgique 113(1-3):40-43.

Parry, F. J. S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.

Kolbe, H. J. 1897. Zwei neue Lucaniden. Entomologische Nachrichten 23:10-12.

Krajcik, M., 2003. Lucanidae of the World. Catalog–Part II. Encyclopedia of the Lucanidae (Coleoptera: Lucanidae). 197 pp. Mi- lan Krajcik, Most, Czech Republic.

【追記】

 西アフリカ産といえどP. a. antilopusは沢山いる。同エリア〜近域には他にもサバゲノコギリクワガタやメンガタクワガタが分布し、其れ等中型種もやはりカメルーンコンゴの個体群と明瞭に区別出来ない。とはいえ念の為、この辺りから記載のある学名の基産地は再調査が必要そうに考えられる。シエラレオネP. a. antilopusなど満足な数量の資料が残っていないのは準備不足を少々懸念するところ(将来的にいつか採集されれば問題ないという視点もあるが)。

 しかしカメルーン産は採集人から直接入手すれば100発100中でちゃんとしたP. a. antilopusだが、日本の生体業者が扱うのは専ら別近縁種"フスクスノコギリクワガタ"で、P. a. antilopusは皆無と不思議な状況が見られる(採集方法による?)。カメルーン産フスクスノコについては本当に野外採集された個体なのか分からない。。一応、Maes, 1990ではカメルーン産フスクスノコが1頭記録されたとあったが、Maes氏の話だから難しい気分になる。カメルーンの自然界にフスクスノコは生息があるのか、現状の情報のみでは分からない。

 アンティロプスとしてフスクスが多数流通しているので、人によっては誤解がなかなか解消されない。疑問に考える人達が少なからずいるのが救いかもしれない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%A9%E5%8A%B9%E6%9E%9C

https://twitter.com/himasoraakane/status/1612371087207333888?s=46&t=3eiGh8m3PFzdoG9WgfpL4A

https://twitter.com/hkakeya/status/1611715540401401856?s=46&t=9nevyvI9aA4drIJKkd7dpw

、、、、

 さて、しかしProsopocoilus属は属名について以下URLの記事で疑問されていたので考察してみる。これは結構難しい問題で、もう少しシンプルな解がありそうにも予想したが見当たらず、とりあえず様々な情報を這って調べてみた。

https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/45/0

 MetopodontusProsopocoilusの学名は1845年に同時にそれぞれLucanus属の亜属として記載され、先に記述されるのはMetopodontusである。亜属として同時に設立された2学名が後年にシノニム扱いなのだから、かなりのレアケースである。。

 しかし様々な文献を調べみてもMetopodontusProsopocoilusのシノニムであるように表現されてあるケースが多い。文献上ではどうもBenesh, 1960により其の処理がされたらしい。内容的には「亜属が記載された際に説明された特徴が一般的ではない」という根拠によるものらしい。しかし命名規約を読んでも、其の理由では先取権の原理よりも優先されるものとしては弱いように考えられる。記載時の特徴説明に不足があった事が理由で先取権が覆るなら大量の既知学名がシノニムになりうるし、何より研究を少し進歩させるだけで簡単に学名の安定性が失われてしまうようになる。其れは命名規約の理念からして全く本末転倒である。だから別な視点から考え直さなければならない。

The insect has been recorded under various generic names, Lucanus, Cladognathus and Metopodontus, the latter name being utilized by Van Roon (1910, p. 24) and subsequent authors, although it does not agree with the subgeneric character given in the key of Hope and Westwood (1845, p. 30), namely "caput & antice bimucronatum." As has been previously noted by Benesh (1953, p. 29, footnote), this character is applicable to males of maximum development. These have a frontal crest or lamina that is emarginate in the middle and produced as a tubercle or point on each side of the emargination. Such crests or laminae occur in large forms of some species of Odontolabis, Homoderus, Cyclommatus and Prosopocoilus, and even in the minute Aegotypus armatus (Parry). All the intermediate and minor developments of the males in Prosopocoilus and the subgenus Metopodontus are similar, with "caput maris antice planum hypostomate excavato" (Hope and Westwood, 1845, p. 30). In addition it should be noted that the large males of each species, to which the name Metopodontus has been applied, have a different type of head ornamentation. The latter must therefore be considered as a specific rather than a generic character. Because of this I have synonymized Metopodontus under Prosopocoilus.

(「Benesh, B. 1960. Lucanidae. Coleopterorum Catalogus, Supplementa (Second Edition) 8:1-178.」より引用抜粋)

 国際動物命名規約の先取権の条文のみに照らせば、Metopodontusが有効のように思える。ただし其れは2学名が、同じ属階級として統合された場合の条文であると理解出来る。つまり2亜属名を両方とも同時的に属レベルにして統合するならば、Metopodontusが有効になる理解で不思議はない。

章6. 学名と命名法的行為の有効性

条23. 先取権の原理 .

(中略)

例. 属Aus 1850とCus 1870, および亜属Bus 1800 (属 Xus 1758から移動) を統合して作られた属の有効名は, Bus 1800である.

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 今なおMetopodontusProsopocoilusのシノニムになっているのは何故だろう。特に動物界で"Metopodontus"の古参同名が属名として他にある感じでもない。Benesh, 1960の論拠も優先権を逆転させられるほどのものには見えない。

 法解釈により現状が維持されているか考えてみる。

 記載の歴史で考えればMetopodontusProsopocoilusは別の属として記載された事もある。或いは両方ともがCladognathus Burmeister, 1847のシノニムとして扱われた事もある。

 またMetopodontus dauricus Motschulsky, 1860(Prismognathus dauricusのbasionym)の記載もあるも、其方の原記載では種小名の記載説明はあるが、Metopodontusが属に昇格された事を示す正式な説明は無い。

 Prosopocoilusの方が早い段階の1862年にThomson氏によって亜属ではなく正式に属名として説明される。Metopodontusを属名として説明したのは1870年のParry氏が最初かな?つまりProsopocoilusの方が早い段階で高い階級を付与されて公表されたという事が分かる。

条24. 同時に公表された学名, 綴り,もしくは行為の間の優先権.

24.1. 学名の優先権の自動的決定. 同名または異名が, 同時に、しかし科階級群,属階級群,種階級群のどれかひとつのなかの別々の階級で公表された場合, より高い階級で公表された学名が優先権をとる [条 55.5, 56.3, 57.7]. あるタクソンとその名義タイプ従属タクソンに対する, 同時だが別々のタイプ固定の優先権については,条61.2.1 を見よ.

例. 同時に設立された種階級群名 vulgaris Schmidtと sinensis Chang は異名だと考えられている。 ある種に対して提唱されたsinensisvulgarisに対して優先権をとる. なぜなら後者は亜種に対して提唱されたからである。

56.3. 亜属に対する属の優先.

同じ日付で一方が属, 他方が亜属に対して設立された, 同名である属階級群名2つのうち、前者が他方に勝る優先権をもつ [条 24.1].

優先権 precedence: 複数の適格名の間の, あるいは複数の命名法的行為の間の, 優先性の序列のことで, 以下の方法で決定される (1) 先取権の原理の条23が定めた適用; あるいは, (2) 当該学名または行為の公表が同時である場合には, 条24が定めた方法 ; あるいは, (3) 審議会の強権発動による裁定.

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 命名規約の条24では、同時に公表された複数の学名が異名または同名の場合、高い階級で公表された方が優先権を得るとされる。

 条56.3.では、同名で別々に属・亜属学名の設立が同じ日付でされた場合の優先権について。

 条24.1および条56.3では、亜属が属に昇格する説明をされるような"分類群の階級の上昇・下降が公表される時期"については言及が無く、"原記載以降において高い階級を先取した方に優先権が得られる"ようにも読解可能にみえる。この場合、1845年に2亜属学名は同時に設立されたが、1862年時には片方のみ属の階級になった公表が同時に観測される。"公表された"状態が時間経過上持続した意味を持つかどうかなど"同時の公表"が原記載時に限らないと解釈できるか否かで現状の分類維持がどういった意味を持つか変わるかもしれない。

 また分類上、MetopodontusProsopocoilusでは明らかにProsopocoilusの学名の方が支配的に使用例がある。私的な感想ではあるが、大属であるので唐突に学名の使用を逆転させる事で起こる混乱の問題に突入したくもない。条23.9.3.や条81の話になるかもしれない。

 1900年以降で2学名はそれぞれ有効名として出版物中の使用例があるため、先取権の議論においては条文23.9.で定められるところの"優先権の逆転"はなされず、条文24等に沿った優先権で考えるように促されるものと考えられる。

 まとめると、同時に記載されたMetopodontusProsopocoilusの2亜属名が、もしも両方とも同時に属名へ昇格されたならば条23の下にMetopodontusが先取権による優先を受けるも、条文24のもと先にLucanus属から外され正式に属名として高い階級の公表をされる事により優先権を得たのはProsopocoilusであるため、MetopodontusProsopocoilusのシノニムであるようにされたプロセスが認められる事を推察出来る(※1862年ProsopocoilusがGenusとしての説明を公表されてから暫くは、MetopodontusLucanus属の亜属だった)。

 ただ、Maes氏等はMetopodontusを亜属の階級としてProsopocoilus属内に分類していて、此の表記が最も無難であるかとも考えられる。

 ちなみに優先権と言っても、種と亜種の場合だと条文が異なる。条24.1や条57.7では、同時記載の分類群が異名または同名の場合に亜種よりも種が優先権を持つが、条23.3.3.では亜種小名も種小名と等しい優先権を持つと読解可能なため、亜種として設立された分類群が、後に種として設立された分類学学名と異名関係と分かった場合、古参の学名が先取権を持つと読解される。

57.7. 亜種名に対する種名の優先.

同じ日付をもつ同名である種階級群名2つのうち, 種に対して設立されたものは, 亜種に対して設立されたものや亜種の階級と見なされるもの [条45.6] に勝る優先権をもつ [条 24.1].

6.2. 種の集群や亜種の集群に与えられた学名.

種小名を丸括弧にくるんで属階級群名の後ろへ付加, あるいは属階級群名と種小名の間へ挿入し, ある属階級群タクソン内の種のひとつの集群を示すことができる. 亜種小名を丸括弧にくるんで種小名と亜種小名の間へ挿入し、ある種内の亜種のひとつの集群を示すことができる. そのような小名は, つねに小文字で書き始め,かつ, 略さずに書かなければならず, 二語名や三語名の語数には数えない. 先取権の原理は,このような学名にも適用する [条23.3.3]. それらの適格性については条11.9.3.5 を見よ.

23.3.3. 先取権の原理は、種の集群を示すために属階級群名の後ろに丸括弧にくるんで追加的に挿入された種小名, または、亜種の集群を示すために種小名と亜種小名の間に丸括弧にくるんで挿入された亜種小名に適用する [条6.2]. そのような挿入された小名の優先権は,種階級群においてその学名がもつ優先権と等しい (条 11.9.3.5を見よ).

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

【References 2】

Hope F.W. & Westwood J.O. 1845. A Catalogue of the Lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev.F.W.Hope, together with descriptions of the new species therein contained : J.C.Bridgewater, South Molton street, London (editor):1-31.

Thomson, J. 1862. Catalogue des Lucanides de la collection de M.James Thomson, suivi d’un appendix renfermant la description des coupes génériques et spécifiques nouvelles. Annales De La Société Entomologique De France (4)2:389-436.

Motschulsky, V. 1861. Insectes du Japon. Coléoptères. Etudes Entomologiques. Helsingfors 10:3-19.

Benesh, B. 1960. Lucanidae. Coleopterorum Catalogus, Supplementa (Second Edition) 8:1-178.

Burmeister, H. C. C. 1847. Handbuch der Entomologie. Coleoptera Lamellicornia, Xylophila et Pectinicornia. Enslin. Berlin 5:1-584.

Parry, F. J. S. 1870. A revised catalogue of the Lucanoid Coleoptera with remarks on the nomenclature, and descriptions of new species. Transactions of the Royal Entomological Society of London :53-118.

ゲレンスノコギリクワガタの色々

 西アフリカのガーナ〜コートジボワールシエラレオネ南方エリア低地森林帯にProsopocoilus gellensae (Bomans, 1967):ゲレンスノコギリクワガタなる美麗種が分布する。滅多に実物資料を拝めずBartolozzi & Werner. 2004等文献上でも"very rare"とされるが、調査例の少ないエリアに分布しているので実際どうなのかは不明瞭。ただし西アフリカに分布するProsopocoilus属既知種群中では見られる数量が少ない方の種である。

f:id:iVene:20230105210522j:imageコートジボワールP. gellensae

 日本語書籍で最初期の掲載というと、池田晴夫氏の著した図鑑に載る象牙海岸産1♂かと想う。初見だった当時は他で掲載を見られなかったため感動した事を思い出す。小型で希少そうであって奥ゆかしい色彩。その特異的な形態の種が、広大なアフリカ大陸低地の一部地域でしか見られないという話には更に興味を持った。池田氏の図鑑では一際異彩を放っていたような印象を受けたものの、当時から長らく注目する人は滅多にいなかった。

f:id:iVene:20230105203807j:imageP. gellensae「Ikeda, H. 1993. Stag beetles from all over the world.」より引用。精錬されたような体型と控えめな色彩の小型種)

 此の分類群に対し、カメルーンガボンに分布する近縁種Prosopocoilus mefianti Bouyer, 2014:メフィアントノコギリクワガタがあるが、其方については2014年に公表され暫くは原記載の体裁から「P. gellensaeの変異?」とも考えられたため読者側としては理解に苦しんだ。原記載者は記載文に交尾器の検討を明示しておらず、どうも別件からでも交尾器の観察をマトモにされていない様子が伺いしれた。今読んでも博打的な記載に見える。

https://v3.boldsystems.org/index.php/Taxbrowser_Taxonpage?taxid=785985

(他論文でも見られたが、♂交尾器が第9節内に収納されたままの面白観察法がヨーロッパの一部分類家では流行りらしい。誰に習ったのかは知らないが其の方法では比較にならない、、)

 カメルーン南西部のP. mefiantiが日本に初めて生体入荷したのは恐らく2003年であり、大量に直輸入されたサバゲノコギリクワガタの中に微量のエステラノコギリクワガタと共に1♂混じっており私は其れらを入手した。P. mefianti未記載時点。

f:id:iVene:20230105210133j:imageカメルーンP. mefianti。小型♂は2003年に採集された野外個体。最奥の小型♀は2011年に採集された野外個体で、大型♂♀は其の♀から産まれたWF1個体群)

 Bartolozzi & Werner. 2004ではP. gellensaeの分布にカメルーンも含まれるような説明が記述され、カメルーン産の近似個体群がP. gellensaeそのものでない可能性が高まる迄は、同分類群内の変異、近似した別種、或いは別亜種など様々な可能性を考えられた。

 いずれの産地でも此の系統のノコギリクワガタ類は滅多に見られず考察に苦労する。とりわけ西アフリカのP. gellensaeは滅多に実物資料を観る機会が無い。これまでに日本国内では死虫すら流通した例を私は知らず、ヨーロッパの標本商がストックしている曖昧なデータ資料を入手するくらいが関の山だった。詳しい理由は分からずだったが、西アフリカに行きたがる人が滅多にいなかった。であるため西アフリカ産のクワガタ群は全体的に資料が少ない。

 P. mefiantiについて後の2011年に生体が日本に入り、そこからのWF1で大歯型♂個体を初見した。当時はP. mefianti未記載の時点である。内歯の形態が図鑑に載るようなP. gellensaeとは異なる。しかし其れだけでは変異か別分類群か分からない。

 西アフリカ産♂は長歯型が多いが、カメルーン産は短歯型が多数派。知識不足だった当時の私はカメルーン産をP. gellensaeと同定した。だから2014年にP. mefiantiが新種記載されても、原記載の体裁の問題や個体群の画像も少ない等の障壁があり半信半疑であった。そもそも2003年に入手したカメルーン南西部産の小型♂個体について、Bouyer, 2014の説明する識別方法を鵜呑みにすれば、模様はP. mefiantiではなくP. gellensaeに一致するという話になってしまう。交尾器の形はカメルーン南西部産の小型♂とWF1の大型♂で差異は無い。これでは論文の外形判別法に従えばシノニムという話になってしまうが、西アフリカ産の真P. gellensaeについて充分な観察が出来ないでいたため結論を暫く保留にした。

 そこから年々経ち、カメルーン産でP. mefiantiに一致する形態のWF1飼育個体を複数散見するようになる。今ではP. mefiantiとして流通するようだが、それまで暫くは"P. gellensae"として流通した様子だった。大型♂だと西アフリカ産P. gellensaeとは内歯位置で一致する個体が見られず差異は安定的。しかし其れだけでは単なる地域変異の可能性も考えられる。更に写真の比較では小型♂や♀は特に紛らわしい。

f:id:iVene:20230105204525j:imageP. gellensae「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用)

 写真で分かる程度の外形判別点は、論文でも説明にあった"前胸背側縁後方くらいかなぁ"と自信を得難い。そこまで調べた限りでも、模様は2分類群とも同程度の広い変異幅があり、論文上の"模様による見分け方"については一部参考にならない事が後から分かった。

 つまり此の分類群について論ずる上では実物による交尾器の比較考察が出来ないといけないという話なのだが、私自身で真のP. gellensae個体群に満足なアクセスを出来ない状態がやはり長らく続いた。

 暫くして、西アフリカ産P. gellensaeの複数個体入手の機会に恵まれ、顕微鏡下で比較・観察後P. gellensaeP. mefiantiは全く異なる分類群だと理解出来た。手元に資料が揃えば、すぐに別種と言えるくらいに交尾器の安定して大きな差異がある事が分かったのだ。外形については上翅部の長さ比率、前胸背側縁後方で見分けられる。

 またキルクネルノコギリクワガタと同様または更に古い時代に独立分化した仮説考察などが可能とも分かった。

https://ivene.hatenadiary.jp/entry/2022/12/25/012734

 しかし此の程度の外形差で、交尾器形態で容易に判別可能なノコギリクワガタ属での事例は、全体からすればレアケースである。外形の変異幅も広く交尾器形態も不安定で微妙な形ならば、2ペアずつ程度の比較では生物学的な種分類行為に対して数量不足。資料の少ない希少種分類群は大抵悩ましい問題にぶつかりやすい。

 "種"を理解するには、クワガタムシ科だけに限れば"分かりやすい700〜800種くらい"分類を理解出来ていれば残りの分類も通常より容易になる。つまり種概念を掴むには事前の準備が大変で回避する近道は無い。

 何はともあれ原記載がたとえアレな感じでも"顕微鏡など使い様々な角度から実物を詳細観察しないと判然としない事もある"という教訓が得られるという意味で科学的に最も面白い分類群の一つ。

【Rreferences】

Bomans, H. E. 1967. Contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Description d’une espèce nouvelle. Bulletin De L’institut Fondamental D’afrique Noire A 29(2):649-652.

Ikeda, H. 1993. Stag beetles from all over the world.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Bouyer, T. 2014. Description de nouvelles Lucanidae africains. Entomologia Africana 19(2):2-6.

M. Baba. 2008. A supplement of "The Lucanid beetles of the world, Mizunuma T. & S. Nagai, 1994": genera Prosopocoilus, Nigidius and Figulus from African region. Gekkan-mushi (450), 19-31.

【追記】

 しかし西アフリカ産の昆虫といえば、個体数が多いのに高額売買される"某有名大型甲虫"以外とんと見ないという違和感に気付く。標本商の友人に少し聞いてみるとキナ臭い感じが有るらしい。いやはや何にしても闇の深い話に行き着くのは如何なものか。。

https://kuuhaku2.hatenablog.com/entry/2019/10/03/111900

 さて謹賀新年、blogは本館・二つの別館でアクセス数は現状合計4.3万程度。2023年は卯年。兎といえば肉食動物から逃げ隠れ生存する生態で有名だが、このごろ私が連想するのは漫画「ギャグマンガ日和」"うさみちゃん"シリーズ。そこらでブッ飛んだ認知の話を見るにつけ、強烈なキャラクター性を付与された"クマ吉"の言動を思い出す。

https://dic.pixiv.net/a/%E5%90%8D%E6%8E%A2%E5%81%B5%E3%81%86%E3%81%95%E3%81%BF%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93

 あのシリーズの話は動物で喩えられるも"人間のどうしようも無さを知る教訓"を多く得られる。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1609071674401619968?s=46&t=YwSfBIGjS7txLjqMg8iDhg

https://twitter.com/hkakeya/status/1610996381652750339?s=46&t=6k904Lsz2lk8pVUgKpvFhQ

 さて、どんな時代になるのか。

https://twitter.com/ishizakipampam/status/1609732899720282112?s=46&t=pVyok5zmuXycg8bu9srGAQ

【近況】

 ミャンマー琥珀から新たに1つ、白亜紀クワガタムシ科とおぼしき個体がネット上に上げられた。

http://burmiteamberfossil.com/index.php?m=content&c=index&a=show&catid=58&id=713

 琥珀はクリアで体型や触角10節が見やすいが、脚部や腹部のコンデションが惜しい。他形態から、ほぼクワガタムシ科のように思えるが、厳密な説明は難しい。私的な知見からの考察になるが、顎の型から中歯型と考える。しかし4mm程度の小型サイズでココまで顎の発達が良いとは、かなり特異的である。

【オマケ】

http://www.thefossilforum.com/index.php?/topic/128675-is-this-stag-beetle-amber/

 コッチの琥珀は過去ebayで出品があった時にチェックしたけど、腹面図の一枚に触角形態が全く異なり11節構造である事が見える画像があったのでクワガタムシ科ではないと認識した。おそらくはケシキスイかチビヒラタムシと考える。

キルクネルノコギリクワガタの色々

 西アフリカのコートジボワール南方周辺域低地にてProsopocoilus kirchneri Ipsen, 1999:キルクネルノコギリクワガタの分布が見られる。調査例の少ない地域に生息する分類群であるが文献上では希少とされる。

https://www.zobodat.at/pdf/Facetta_18_0002-0005.pdf

f:id:iVene:20221224214854j:imageコートジボワール南方産P. kirchneri。手元にある♂個体は小さくかわゆいサイズであるが此れでも立派な成虫の♂である)

 どうも同所〜近域に分布するらしいP. m. modestusによく似ているが別種と分類される。

https://ivene.hatenadiary.jp/entry/2022/12/12/220251

 大抵の文献では模様の出方や幅広な体型で見分けられるかのようにされる。しかし此の程度の外形差が変異か否か文献上からは分からなかった。P. kirchneriではP. m. modestusのような長歯型の発見例は出てきていない。如何なる分類群なのか。

f:id:iVene:20221225003741j:image(「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用。ホロタイプ♂個体とパラタイプ♀個体は此の図鑑で大きく図示がある。前胸が広い比率の体型。模様が明るく前胸背外縁付近の模様はある程度の幅があり、前胸背中央部が黒化しメリハリのある形になるか前胸背中央部が明色化して滲むかになる

 実物が手元になかった頃は結構難しい気分だった。不明瞭な分類だと深い話をしづらい。各文献を読む限りでは模様以外の分け方が微妙過ぎるようにも見える。

f:id:iVene:20221224215246j:image

f:id:iVene:20221224215249j:image(「M. Baba. 2008. A supplement of "The Lucanid beetles of the world, Mizunuma T. & S. Nagai, 1994": genera Prosopocoilus, Nigidius and Figulus from African region. Gekkan-mushi (450), 19-31.」より引用。此の報文ではP. kirchneriと"P. maculatus"と誤同定されるP. m. modestusとの差異が説明されていたが、どうも図33のガーナ産♀個体はP. kirchneriのように前胸が広い比率の形態でP. m. modestusには見えない。此の図示のみでは、解釈によっては"2分類群は単なる一分類群内の変異"であるようにも捉えられる

 文献のみでは明瞭な事が分からなかったため実物を探して入手した。これがなかなか大変で、西アフリカの特産種は滅多に資料入手の機会がない。採集に行く人が滅多にいないからである。分類屋をやっている私の友人も近い時期に運良く入手され、見せていただくと似たサイズの個体群だった。

 比較してみたところ、やはりP. m. modestusよりもP. kirchneriの方が前胸が広い比率の形態をしている。交尾器は大きく異なっていて♀交尾器は特に判別しやすい。このような比較をしてみるまではモヤモヤが晴れなかったが、2分類群の関係性は比較観察にて全くの別種である事を示していた。

 此のあたりの西アフリカ産ノコギリクワガタ群を俯瞰してみると、ヒマラヤ等に産するパリーノコギリクワガタ近縁グループの分類群に似た雰囲気を見てとれる。アフリカ産Prosopocoilus属はインド〜インドシナ地域の種群との繋がりが垣間見える。ちなみにアフリカ大陸のクワガタムシなどは殆どの種がサヘル地域よりも南に分布する。

 これまでの考察からインド亜大陸にて生じたノコギリクワガタの系統がユーラシア大陸と繋がってからアフリカ方面へ移動したと考えられる。ユーラシアとインド亜大陸が繋がった場所は、おそらく小スンダ列島が現在ある緯度あたりと考えられ、スマトラ島などインド亜大陸周辺がインド亜大陸の北上に引き摺られたような配置になっている。およそ数千万年前にインド亜大陸からユーラシア大陸の東西へProsopocoilus属系統の大移動があって、今のような沢山の分類群の分布が東西広くに見られると考えられる。

 P. kirchneriは西アフリカで独自の分化を成したのだろうと考えられるがP. m. modestusとは混生しなかった時代があったから分化の機会が生じたのではなかろうかと予想する。P. m. modestusは後からガーナ以西に侵入した系統と考えると、予想程度だが辻褄の合うシナリオを想い描ける。

 此のように明瞭な分類が出来れば更に深く様々な推論を考え、更なる発見に向かう仮説考察もし易くなる。比較考察によってそうしたロマンに思考を落としてくれる科学的に最も面白い分類群の一つ。

【References】

Ipsen, R. 1999. Beschreibung von eine neuen Art der Gattung Prosopocoilus Hope et Westwood 1845 aus West-Afrika. Facetta. Berichte Der Entomologischen Gesellschaft Ingolstadt e.V. Gaimersheim 18(2):2-5.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

M. Baba. 2008. A supplement of "The Lucanid beetles of the world, Mizunuma T. & S. Nagai, 1994": genera Prosopocoilus, Nigidius and Figulus from African region. Gekkan-mushi (450), 19-31.

【追記】

 "種"を眼で視覚的に捉えられれば、理解が一足飛びに進むため思考がシンプルになり晴れやかな気分になる。分類学は斯くあるべきかと考える。しかし人によっては統計学を使い地域変異に学名を付け、国際動物命名規約第一条に跳ねられる。

 遺伝子機能的にも、あらゆる生物学分野を考えても、利便性を考えても、地域変異がいくら偏っていたとして100%で見分けられないならば其れに対し分類群の学名を記載し有効とすべきとは思えない。種概念の幅が広まれば研究者は実績を得やすくなるが別分野からの考察が煩雑化する。曖昧な細分化を基準にすればモデル生物なんかは全ての系統に種学名が付くようになりかねないし、ヒトであれば人種や民族により分類が可能となってしまい少数民族差別など促しかねない。

https://twitter.com/neologcuter/status/1607554851814387714?s=46&t=mAptFLv3_5Pr1Qq4Eaf9zg

https://twitter.com/nalltama/status/1606933181160390657?s=46&t=piz4DcrmB0b1dEXRVH-Plg

f:id:iVene:20221224232559j:image

f:id:iVene:20221224232602j:image(「S. Nagai., 2008. クワガタムシの大顎 〜分類に関するよもやま話〜. Gekkan-mushi (450), 54-55.」より引用。永井信二氏の持つ分類基準が説明される記事では、当blog記事では少々時代遅れかもしれないが一時期を賑わせた"進○郎構文"的な基準で分類されていた事が読みとれた。まさかそんなネタを先駆的に分類に用いてられたとは。。しかしまぁ確かにあの頃は情報収集が今ほど便利ではなかった

 問題点を説明しようとすると、例えば"統計を生物種分類学に使用するのは如何なものか"という話から考える。一つの生物種には複数の亜種や地域変異が含まれる可能性がある。そして統計データを加えて"分ける"という行いが何になるのか。

 統計データはたしかに"此の時代では個体数が多い"や"此の山ではサイズが大きくなりにくい"など、細かい事で分けて考える事により別角度からの視点を得られ、種や亜種の分類よりも低位、あるいは無関係な考察について役立つ事もある。それも分類群の理解を出来た後でないと難しいが。

 しかし統計による比較というのは、データの数量を増やせば増やすほど絶対に差が出るような、目的や対象によっては狡い比較方法になりうる。だから生物種分類学で統計データの比較を使用するのは憚られる。例えば誰かのコレクションと、また別の人のコレクションで"同分類群とされる資料群の比較"を統計で頑張れば手法により有意差が必ず出る。種・亜種分類の最大根拠にしてしまうと、実質"戦わずして精神的勝利する"やり方でしかなくなる。

 よく"統計のマジック"と呼ばれ、統計による比較の意味を知らない人は騙されてしまう。だから統計を使用する際は比較要素が確率的現象であるか否か等を前提として考え慎重に結果を考察する。

http://hamap.main.jp/menu/?p=236

 そう考えれば、眼に見えて分化の自然史が予想出来る分類と、そうでない分類とでは、分類のクオリティに途方も無い差があるという事も理解出来てくる。論文上で学名が存在しても、空論では実質において種や亜種の分類群を定義した事にはならない。

https://shigoto-nayami.info/work/10418/

 分類が目的になっている分類は視野を狭める。大義を忘れた"研究モドキ"は古典にはならない。

f:id:iVene:20221225002834j:image

(漫画「瑠璃の宝石」より)

https://books.google.com/books/about/%E7%91%A0%E7%92%83%E3%81%AE%E5%AE%9D%E7%9F%B3_1.html?hl=ja&id=BjoAEAAAQBAJ

モデストゥスノコギリクワガタの色々

 西アフリカの南側沿岸諸国の低標高森林地帯にProsopocoilus modestus modestus (Parry, 1864):モデストゥスノコギリクワガタが分布する。目にする事も稀であるため一般的な認知度は低い。Kriesche, 1919等でも悩まれているように基準産地が"Africa occ. Tropocali"と曖昧であるが、現在ではシエラレオネコートジボワール周辺の個体群がタイプ形態に一致するとされる。

f:id:iVene:20221211121239j:imageコートジボワールP. m. modestus

、、、、

 トーゴ〜ガーナ産から"Prosopocoilus leonardi Bouyer, 2017"なる学名の記載があるが、結論を先に述べておくとP. m. modestusの変異と見分けがつかない。

f:id:iVene:20221211121333j:imageトーゴP. m. modestusトーゴ産は完全大歯型の出現率がやや高い)

 トーゴ〜ガーナ東部とガーナ中央の間にはボルタ川があり、幾数種かは確かに分布を遮られる。トーゴのフェルチェノコギリクワガタ、ガーナ以西のペルベットノコギリクワガタやキルクネルノコギリクワガタ等の事を考えれば、モデストゥスノコギリクワガタ近縁グループが分化していても不思議は無い。しかし"P. leonardi"の外形に一致する個体群について、先ずP. m. modestusと交尾器形態で全く見分けられないから同種である。外形はというと、顕微鏡で様々な角度から何度も比較したが細部にわたり変異幅が広く、またおそらく最もバイアスがかかりそうな模様についても変異があった。確かにコートジボワール産よりもトーゴ産の方が黄紋の幅が僅かに広い個体が多いが、どう頑張っても見分けられない個体群もある。図示のある書籍も一応参考したが、やはり模様については判別点にならない。点刻の事は文献では見えずであるが顕微鏡で観ても変異幅が広い。腹面の細部形態も変異幅が広い。実物比較からは、地域変異との結果を示している事が分かった。つまりシノニムであると考えられる。

 他で同様にシエラレオネコートジボワール周辺地域からトーゴまで同一の分類群であるクワガタ種としてはファベールノコギリクワガタが挙げられる。サバゲノコギリクワガタ等ともすればタンザニア辺りまで同一の分類群である。

 コンゴ民主共和国北東部から記載されるProsopocoilus modestus maculatus (Bomans,1967):マクラトゥスノコギリクワガタはカメルーンガボンコンゴ共和国にも分布がある(Holotypeは過去にネット上で図示されたが今はラベルごと見られない)。独立種として扱われる事が多いが、P. m. modestusとは交尾器形態の差異は見られない一方で、外見では前胸背のやや幅広な比率や模様などで見分けられるためニジェール川で分断されて特化した亜種と考えられる。

https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/578/0

(Holotype画像の残るページ)

 ちなみに亜種分類する報文は以下のようにある。

http://www.bio-nica.info/biblioteca/MaesPauly1998LucanidaeGabon.pdf

(此のMaes氏の報文中でP. m. maculatusの原記載が1966年かのように記述されているが、Bomans & Villiers. 1966によれば"説明されつつある"とされ其の時点では裸名であったと考えられる)

f:id:iVene:20221211121407j:imageP. m. maculatus。手前♀はガボン産、奥の♂はコンゴ共和国産。上翅会合部周辺部位は黒色味が強い)

f:id:iVene:20221211121458j:imageカメルーンP. m. maculatus。交尾器形態の変異幅が広い。手元には無いが完全大歯型も存在する)

 此の分類群について、Bouyer, 2017はコンゴ民主共和国北部Butaから記載がある"Prosopocoilus sylvicapra Kriesche,1932"とシノニムであるような考察をしたが、27mmあるというタイプ個体の観察をされていないともあり、其の分類は納得しづらい("P. sylvicapra"についてはタイプが原記載者の個人コレクションに帰属しており再発見されない可能性が高く、なお参考になるタイプ図も残っていない事から、裸名と処理される可能性が高い)。"P. sylvicapra"の原記載も、念のため読んでみたところでは、ファベールノコギリクワガタのグループで色彩の事や光沢が強い事、また模様について記述がある程度で想像する限りではボンヤリ曖昧な事しか分からない。P. m. maculatusと同じだったのかもしれないが、全く別の分類群だった可能性もなくは無い。そのため此処ではP. m. maculatusの学名を有効名として使用する。

https://www.zobodat.at/pdf/WEZ_49_0161-0162.pdf

 アフリカ産クワガタの殆どの分類群を掲載するBartolozzi & Werner 2004の図鑑にてモデストゥスおよびマクラトゥスについての掲載もあり分布についても言及があるが、此れ等分類群についてはモデストゥスのタイプと同型のトーゴ産個体群を"マクラトゥス"とし、脂で暗色化したような個体群を"モデストゥス"とされていて様々に不正確と考えられる。

 はてさて、アフリカ西部から中央また東部にかけて分化するもの、しないものが様々見られる。今回は其の中でもモデストゥスノコギリクワガタ群に焦点を当ててみたが、西アフリカのエリアで分かりやすい地域変異の例が見られるクワガタは此れくらいかと考えられる。地域変異は分化の始まりで分化しない可能性もある、そういう事を理解させてくれる生物学的に最も面白い分類群の一つ。

【References】

Parry, F. J. S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.

Bomans, H.E., 1967. Contribution à l'étude des Coléoptères Lucanides. Note sur des Prosopocoelus africains. Bull. Annls Soc. r. Ent. Belg., 103: 373-396.

Bomans & Villiers. 1966. Bulletin de L'Institut Fondamental D'Afrique Noire Sciences naturelles. Vol. 28.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Kriesche. 1919. Zur Kenntnis der afrikanischen Cladognathinen (Ool. Lucan.) – Mitteilungen aus dem Zoologischen Museum Berlin – 9_2: 157 - 176.

Kriesche, R. 1932. Neue Cladognathinen. Wiener Entomologische Zeitung 49:161-162.

Maes. 1998. Lucanidae (Coleoptera) du Gabon. Bulletin et Annales de la Societe Royale Belge d'Entomologie (Belgium). Vol. 134: 279-285.

Bouyer. 2017. Les espèces affines à Prosopocoilus modestus (Parry, 1864) et description d’une nouvelle espèce (Coleoptera, Lucanidae). Entomologia Africana 22(2):43-48.

M. Baba. 2008. A supplement of "The Lucanid beetles of the world, Mizunuma T. & S. Nagai, 1994": genera Prosopocoilus, Nigidius and Figulus from African region. Gekkan-mushi (450), 19-31.

【追記】

 "P. leonardi"が記載された際は分類屋の友人とも少々議論したが、当時の時点では原記載での情報不足が懸念された。分類を確信出来ずだった記載から数年の間にパラタイプがトーゴ原価の数百倍の高額で出品される等見られ更に訝しんだ。情報不足の学名パラタイプでそういう商売は如何なものだろうか。

https://twitter.com/takashirouzu/status/1143721330811920384?s=46&t=h_HQDQE4Dz6iTRpNKA5v9A 

 念のため言及しておくと、同記載者によるProsopocoilus mefianti Bouyer, 2014の学名について当記事では詳細を書かないが、私自身で明瞭な独立種である事を確認出来た。ただし其方の原記載も情報不足で、比較用の近縁種群の実物・画像資料を充分量要した。

 モデストゥスノコギリクワガタについては、コートジボワールシエラレオネ周辺産について観察の機会が少なく比較が難しい。トーゴ産を含め掲載文献も実物資料も少ない遺伝子的差異を予想した種概念も存在するにはするが、其れについては様々指摘されるように恣意的とも考えられ、私は採用しない)。結果的にトーゴ産モデストゥスを種や亜種の学名が付くほどの別な分類は出来ないと考察した。

地理学的種
(前略)一般的にこの地理学的種の定義が用いられるのは生物の地域的変異(の保護など)に言及する場合が多い。しかしこの定義では(他の定義以上に)亜種と種の区別が困難であり、恣意的に用いることになる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE_(%E5%88%86%E9%A1%9E%E5%AD%A6)

 シノニムになる"新種記載"というのは"後出しジャンケンで負ける"ようなものであるが、著しく業績や金銭的な不義理に関わっていなければシンプルなミスと考えられ其れほど大きな問題は見られない。しかし直接的な金銭問題を抱える論文であると分類学に限らず発表の動機や責任の問われ方が異なってくる。

https://twitter.com/satera1564/status/1361682670548254722?s=46&t=T33aJzm80K22EmkkTZ6INQ

 論文を書く上で"最も大変なのは事前準備"と大抵の著者は言う。しかし普通に準備不足でbiasedな報文が世の中に出てくる。情報が随所欠落した不足の報文というのは鵜呑み出来ない。

http://scienceandtechnology.jp/archives/36945?amp=1

 他方、時折ebay等で"初見不明種"なる個体に高額値付けをして出品する売人も増えつつある。膨大な個体数を扱ってきている現地採集人の"初見"は希少種や未記載種の可能性も高くまあまあ興味深いが、そうではない人達の"不明種"高額出品は目的が不明で危うい。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1601768100986511360?s=46&t=6wLkUTw2DNWv9pqIpsBkWQ

【Reference 2】

Bouyer, T. 2014. Description de nouvelles Lucanidae africains. Entomologia Africana 19(2):2-6.