iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

ゲレンスノコギリクワガタの色々

 西アフリカのガーナ〜コートジボワールシエラレオネ南方エリア低地森林帯にProsopocoilus gellensae (Bomans, 1967):ゲレンスノコギリクワガタなる美麗種が分布する。滅多に実物資料を拝めずBartolozzi & Werner. 2004等文献上でも"very rare"とされるが、調査例の少ないエリアに分布しているので実際どうなのかは不明瞭。ただし西アフリカに分布するProsopocoilus属既知種群中では見られる数量が少ない方の種である。

f:id:iVene:20230105210522j:imageコートジボワールP. gellensae

 日本語書籍で最初期の掲載というと、池田晴夫氏の著した図鑑に載る象牙海岸産1♂かと想う。初見だった当時は他で掲載を見られなかったため感動した事を思い出す。小型で希少そうであって奥ゆかしい色彩。その特異的な形態の種が、広大なアフリカ大陸低地の一部地域でしか見られないという話には更に興味を持った。池田氏の図鑑では一際異彩を放っていたような印象を受けたものの、当時から長らく注目する人は滅多にいなかった。

f:id:iVene:20230105203807j:imageP. gellensae「Ikeda, H. 1993. Stag beetles from all over the world.」より引用。精錬されたような体型と控えめな色彩の小型種)

 此の分類群に対し、カメルーンガボンに分布する近縁種Prosopocoilus mefianti Bouyer, 2014:メフィアントノコギリクワガタがあるが、其方については2014年に公表され暫くは原記載の体裁から「P. gellensaeの変異?」とも考えられたため読者側としては理解に苦しんだ。原記載者は記載文に交尾器の検討を明示しておらず、どうも別件からでも交尾器の観察をマトモにされていない様子が伺いしれた。今読んでも博打的な記載に見える。

https://v3.boldsystems.org/index.php/Taxbrowser_Taxonpage?taxid=785985

(他論文でも見られたが、♂交尾器が第9節内に収納されたままの面白観察法がヨーロッパの一部分類家では流行りらしい。誰に習ったのかは知らないが其の方法では比較にならない、、)

 カメルーン南西部のP. mefiantiが日本に初めて生体入荷したのは恐らく2003年であり、大量に直輸入されたサバゲノコギリクワガタの中に微量のエステラノコギリクワガタと共に1♂混じっており私は其れらを入手した。P. mefianti未記載時点。

f:id:iVene:20230105210133j:imageカメルーンP. mefianti。小型♂は2003年に採集された野外個体。最奥の小型♀は2011年に採集された野外個体で、大型♂♀は其の♀から産まれたWF1個体群)

 Bartolozzi & Werner. 2004ではP. gellensaeの分布にカメルーンも含まれるような説明が記述され、カメルーン産の近似個体群がP. gellensaeそのものでない可能性が高まる迄は、同分類群内の変異、近似した別種、或いは別亜種など様々な可能性を考えられた。

 いずれの産地でも此の系統のノコギリクワガタ類は滅多に見られず考察に苦労する。とりわけ西アフリカのP. gellensaeは滅多に実物資料を観る機会が無い。これまでに日本国内では死虫すら流通した例を私は知らず、ヨーロッパの標本商がストックしている曖昧なデータ資料を入手するくらいが関の山だった。詳しい理由は分からずだったが、西アフリカに行きたがる人が滅多にいなかった。であるため西アフリカ産のクワガタ群は全体的に資料が少ない。

 P. mefiantiについて後の2011年に生体が日本に入り、そこからのWF1で大歯型♂個体を初見した。当時はP. mefianti未記載の時点である。内歯の形態が図鑑に載るようなP. gellensaeとは異なる。しかし其れだけでは変異か別分類群か分からない。

 西アフリカ産♂は長歯型が多いが、カメルーン産は短歯型が多数派。知識不足だった当時の私はカメルーン産をP. gellensaeと同定した。だから2014年にP. mefiantiが新種記載されても、原記載の体裁の問題や個体群の画像も少ない等の障壁があり半信半疑であった。そもそも2003年に入手したカメルーン南西部産の小型♂個体について、Bouyer, 2014の説明する識別方法を鵜呑みにすれば、模様はP. mefiantiではなくP. gellensaeに一致するという話になってしまう。交尾器の形はカメルーン南西部産の小型♂とWF1の大型♂で差異は無い。これでは論文の外形判別法に従えばシノニムという話になってしまうが、西アフリカ産の真P. gellensaeについて充分な観察が出来ないでいたため結論を暫く保留にした。

 そこから年々経ち、カメルーン産でP. mefiantiに一致する形態のWF1飼育個体を複数散見するようになる。今ではP. mefiantiとして流通するようだが、それまで暫くは"P. gellensae"として流通した様子だった。大型♂だと西アフリカ産P. gellensaeとは内歯位置で一致する個体が見られず差異は安定的。しかし其れだけでは単なる地域変異の可能性も考えられる。更に写真の比較では小型♂や♀は特に紛らわしい。

f:id:iVene:20230105204525j:imageP. gellensae「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用)

 写真で分かる程度の外形判別点は、論文でも説明にあった"前胸背側縁後方くらいかなぁ"と自信を得難い。そこまで調べた限りでも、模様は2分類群とも同程度の広い変異幅があり、論文上の"模様による見分け方"については一部参考にならない事が後から分かった。

 つまり此の分類群について論ずる上では実物による交尾器の比較考察が出来ないといけないという話なのだが、私自身で真のP. gellensae個体群に満足なアクセスを出来ない状態がやはり長らく続いた。

 暫くして、西アフリカ産P. gellensaeの複数個体入手の機会に恵まれ、顕微鏡下で比較・観察後P. gellensaeP. mefiantiは全く異なる分類群だと理解出来た。手元に資料が揃えば、すぐに別種と言えるくらいに交尾器の安定して大きな差異がある事が分かったのだ。外形については上翅部の長さ比率、前胸背側縁後方で見分けられる。

 またキルクネルノコギリクワガタと同様または更に古い時代に独立分化した仮説考察などが可能とも分かった。

https://ivene.hatenadiary.jp/entry/2022/12/25/012734

 しかし此の程度の外形差で、交尾器形態で容易に判別可能なノコギリクワガタ属での事例は、全体からすればレアケースである。外形の変異幅も広く交尾器形態も不安定で微妙な形ならば、2ペアずつ程度の比較では生物学的な種分類行為に対して数量不足。資料の少ない希少種分類群は大抵悩ましい問題にぶつかりやすい。

 "種"を理解するには、クワガタムシ科だけに限れば"分かりやすい700〜800種くらい"分類を理解出来ていれば残りの分類も通常より容易になる。つまり種概念を掴むには事前の準備が大変で回避する近道は無い。

 何はともあれ原記載がたとえアレな感じでも"顕微鏡など使い様々な角度から実物を詳細観察しないと判然としない事もある"という教訓が得られるという意味で科学的に最も面白い分類群の一つ。

【Rreferences】

Bomans, H. E. 1967. Contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Description d’une espèce nouvelle. Bulletin De L’institut Fondamental D’afrique Noire A 29(2):649-652.

Ikeda, H. 1993. Stag beetles from all over the world.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Bouyer, T. 2014. Description de nouvelles Lucanidae africains. Entomologia Africana 19(2):2-6.

M. Baba. 2008. A supplement of "The Lucanid beetles of the world, Mizunuma T. & S. Nagai, 1994": genera Prosopocoilus, Nigidius and Figulus from African region. Gekkan-mushi (450), 19-31.

【追記】

 しかし西アフリカ産の昆虫といえば、個体数が多いのに高額売買される"某有名大型甲虫"以外とんと見ないという違和感に気付く。標本商の友人に少し聞いてみるとキナ臭い感じが有るらしい。いやはや何にしても闇の深い話に行き着くのは如何なものか。。

https://kuuhaku2.hatenablog.com/entry/2019/10/03/111900

 さて謹賀新年、blogは本館・二つの別館でアクセス数は現状合計4.3万程度。2023年は卯年。兎といえば肉食動物から逃げ隠れ生存する生態で有名だが、このごろ私が連想するのは漫画「ギャグマンガ日和」"うさみちゃん"シリーズ。そこらでブッ飛んだ認知の話を見るにつけ、強烈なキャラクター性を付与された"クマ吉"の言動を思い出す。

https://dic.pixiv.net/a/%E5%90%8D%E6%8E%A2%E5%81%B5%E3%81%86%E3%81%95%E3%81%BF%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93

 あのシリーズの話は動物で喩えられるも"人間のどうしようも無さを知る教訓"を多く得られる。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1609071674401619968?s=46&t=YwSfBIGjS7txLjqMg8iDhg

https://twitter.com/hkakeya/status/1610996381652750339?s=46&t=6k904Lsz2lk8pVUgKpvFhQ

 さて、どんな時代になるのか。

https://twitter.com/ishizakipampam/status/1609732899720282112?s=46&t=pVyok5zmuXycg8bu9srGAQ

【近況】

 ミャンマー琥珀から新たに1つ、白亜紀クワガタムシ科とおぼしき個体がネット上に上げられた。

http://burmiteamberfossil.com/index.php?m=content&c=index&a=show&catid=58&id=713

 琥珀はクリアで体型や触角10節が見やすいが、脚部や腹部のコンデションが惜しい。他形態から、ほぼクワガタムシ科のように思えるが、厳密な説明は難しい。私的な知見からの考察になるが、顎の型から中歯型と考える。しかし4mm程度の小型サイズでココまで顎の発達が良いとは、かなり特異的である。

【オマケ】

http://www.thefossilforum.com/index.php?/topic/128675-is-this-stag-beetle-amber/

 コッチの琥珀は過去ebayで出品があった時にチェックしたけど、腹面図の一枚に触角形態が全く異なり11節構造である事が見える画像があったのでクワガタムシ科ではないと認識した。おそらくはケシキスイかチビヒラタムシと考える。