iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

アンティロプスノコギリクワガタの色々

 西アフリカのシエラレオネを基産地として記載されたProsopocoilus a. antilopus (Swederus,1787):アンティロプスノコギリクワガタ原名亜種は、他にもこれまでにコートジボワール、ベニンやカメルーンガボン中央アフリカコンゴ共和国コンゴ民主共和国辺りまで記録がある。標高200m近辺の低地データを散見され、採集時期は10月〜4月あたりまでのデータが多数を占める(6月などもある)。Bartolozzi & Werner. 2004によればレアリティは"very common"、つまりは"ド普通種"と評価され、2004年以前に記載された亜種は全てシノニムにされてある(後述)。西アフリカ産については図鑑ではあまり見られないが、実際には個体数を沢山見られるくらいには多数が採集されている。

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f:id:iVene:20230109084625j:imageコートジボワールP. a. antilopus。長歯型は稀。色合いや光沢の変異は様々にある)

 原記載を参照すればタイプの描写が残っている事が分かる。頭部大顎は割合詳しく描かれてあり中歯型とまで解る。全体の体型については腹部が細まったような描写で、他には見られないような比率で描いてある。Krajcik, 2003では"NHRSにタイプがあるかもしれない"と記述されたが、Matsumoto, 2019では"タイプ個体は行方が分からない"とされ、代わりに別のシエラレオネ産小型ペアが推定P. a. antilopusとして図示された。

f:id:iVene:20230108224459j:imageP. a. antilopusのタイプ図。「Swederus, N. S. 1787. Et nytt genus, och femtio nya species af Insekter beskrifne. Kungliga Svenska Vetenskapakademiens Nya Handlingar 8:181-201, 276-290.」より引用)

f:id:iVene:20230109084726j:imageコートジボワール産。P. a. antilopusのタイプに似た型の個体。此の型も稀)

 "西アフリカ"を基準産地とした他に近似する種として"Prosopocoilus eximius (Parry, 1864)"の記載があり、P. a. antilopusと同分類群か別種か意見が分かれる。此れについてMaes, 1990は交尾器の比較を行い、同一形態だった事から"同じ地域に分布する形態上の変異に過ぎない"と結論した。しかしMaes, 1990の比較ではP. a. antilopus等のタイプが使用されたか否か読解出来ないため実質的な解釈は困難。Maes氏の認知・同定は結構不安定であるし、そもそも其の時点でタイプ個体の行方が分からなかった可能性が高く、原記載の文章説明のみからの追跡で同一視されたと考えられる。また、Bartolozzi & Werner. 2004で"P. eximius"が残されていた理由は、他にP. a. antilopusのシノニムになっている学名群の事を考えるとよく分からない。

http://www.bio-nica.info/RevNicaEntomo/11-Lucanidae.pdf

(Maes, 1990はP. a. antilopusに近縁なフスクスノコギリクワガタやナタールノコギリクワガタと交尾器で見分けられるとしたが、実際の判別法とは異なるスケッチに見える)

 Cladognathus eximius Parry, 1864(P. eximiusのbasionym)の原記載ではP. a. antilopusではなくセネガルノコギリクワガタや、現在はP. a. antilopusのシノニムになっているC. quadridensとの比較で、色彩の差異で記載されている事が分かる。つまり"P. eximius"の原記載からではP. a. antilopusとの差異が実際に種レベルで異なるか否か分からない。

This species is allied both to C. Senegalensis, Klug, and C. quadridens, Hope, from which, however, its rich chestnut colour, similar to that of C. Savagei, Hope, at once distinguishes it.

(「Parry, F. J. S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.」より引用)

https://www.flower-beetles.com/ivory3.html

http://www.inaturalist.org/observations/147611846

コートジボワールP. a. antilopus生体写真のあるページ)

 また、私の手元にある西アフリカ産資料群はコートジボワール産に集中しているが、そこからはP. a. antilopusに似た別種は確認出来ていない。

 情報を整理すると、西アフリカからP. a. antilopusのシノニムになっている、或いはなりうる分類群は複数あるが、いずれも原記載でP. a. antilopusとの差異は曖昧、または無い状態で記載され、実際に西アフリカから隠蔽種関係の別種は確認不能である。しかしP. a. antilopusのタイプは行方不明であると。

 この事から原記載のタイプ図はデフォルメがあると予想される事が漸く説明できる。

 トーゴ、ガーナ以西〜コートジボワールからリベリアシエラレオネまでにおいて、地理的に亜種の分化をしている分類群は少なくともクワガタムシ科では見られない。ネオタイプの指定などともなれば、シエラレオネ産でタイプ図と一致率の高い型を選ばねばならないが、Matsumoto, 2019にて図示のあるシエラレオネ産小型ペアとコートジボワール産で特段の差異は見られないことからコートジボワール産もP. a. antilopusと同定した。

 図鑑などであればP. a. antilopusというとカメルーン産をよく見かける。過去では"P. antilope:アンティローペ"とよく呼ばれたのを見かけたが、其れは命名規約的には不正な後綴り。

 現在ではシノニムになっている学名も多く、なかにはカメルーンから記載されたProsopocoelus camarunus Kolbe, 1897もある。Kriesche. 1919はP. camarunusについて"カメルーンから中央アフリカに分布していてP. a. antilopusとは異なる"と熱弁されているが実際のところは論文のみからでは読解出来ずであるため此処では考察を割愛する。Kriesche氏の記載した分類群が沢山シノニムになっているように、氏の認知・同定も不安定だから鵜呑みは出来ない。P. camarunusの原記載では"P. eximiusと似ている"とされ微妙な形態差で記載された事が読解できる。カメルーン産については沢山見てみれば分かるが、♂は割と明色の個体が多く♀は模様の傾向に偏りが見られる。

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f:id:iVene:20230109084922j:imageカメルーンP. a. antilopus。詳細な産地とするとBamendaやMt. Cameroonが見られる。西アフリカ産に比べ鮮やかな色彩の傾向。近縁の他種とは、♀だと特に交尾器を見比べないと判別が難しいと考えられる)

 "P. camarunus ducis Kriesche, 1919"や"P. camarunus insulicola Kriesche, 1919"もP. a. antilopusのシノニムになっているが、此方については基準産地的に"Prosopocoilus fuscus (Bomans, 1977)"と同一の可能性がありうる。コンゴ民主共和国東部からはP. a. antilopusの発見例は皆無でデータの真偽判断も難しい。人によっては"P. fuscus"と同形態の個体を"P. a. ducis"と同定してある。ただし調査不十分であるため以降これら分類群について此処での考察は割愛する。ちなみに"P. fuscus"と同定される個体群はP. a. antilopusと交尾器形態で判別可能。

f:id:iVene:20230109085013j:imageP. fuscusのホロタイプ図。「Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.」より引用。♂は体比率中でエリトラが比較的長く、艶消し傾向、♂大顎基部内歯が突出しやすく、雌雄の中脚外縁1/2の位置に明瞭な棘が見られる。♀は模様が参考になるが交尾器以外での判別は難しい)

 P. a. antilopusは西アフリカ、ガボンコンゴ共和国南部の個体群は暗色傾向で、カメルーン産のみ鮮やかな明色になりやすい傾向、体型の比率にも傾向があり面白い。また♀の模様も地域的な傾向が出やすい。

f:id:iVene:20230109085028j:imageコンゴ共和国南西部産P. a. antilopus。暗色傾向だが鮮やかな色彩。♀の模様は西アフリカ産の其れに近い)

 しかしカメルーン産でも雌雄ともに西アフリカ産と全く見分けのつかない個体群が見られるので地域変異と考える他ない。似た考察がKriesche. 1919でもなされる。

f:id:iVene:20230109085036j:imageガボンP. a. antilopus。比較的カメルーンに近い産地の個体だが暗色傾向)

 ギニア湾にあるビオコ島、プリンシペ島、サントメ島、アンノボン島からも記録と記載がある。しかしBartolozzi & Werner. 2004では、ビオコ島・プリンシペ島から記載されたP. a. beisa Kriesche,1919およびサントメ島から記載されたP. a. insulanus Kriesche,1919についてはシノニムとされる。P. a. beisaについては私自身観察不十分であるため此処では考察を割愛する。サントメ島亜種は体型の比率と模様の傾向で亜種と認められそう。

f:id:iVene:20230109085048j:image(一応"ビオコ島"産とあった個体群だが此方はデータの蓋然性を確認出来ていない事を注記しておく。コートジボワール産の個体群と見分けがつかない)

f:id:iVene:20230109085057j:imageサントメ・プリンシペ民主共和国プリンシペ島産。此の個体では準中歯でも内歯の出方に差があるように見え、側面から観ると前胸腹板突起が突出する)

f:id:iVene:20230109085140j:imageサントメ・プリンシペ民主共和国サントメ島産。体型や色合いが特異的。此方の個体群も前胸腹板突起がやや突出する)

https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/390/0

(此の記事でも触れられているBartolozzi & Werner. 2004掲載の長歯型♂個体のデータは"Principe Isl."とあるが、色彩のパターンや体型はサントメ島亜種に近い)

 またアンノボン島亜種P. a. amicorum Matsumoto, 2019については、私自身で満足のゆく観察が出来ていないため此処ではあまり触れないが、判別法として記載される体型や脚の比率などはP. a. antilopus自体で相当に幅広い形態変異があるため識別点とはしづらい印象がある。強いて言うならば、論文中で説明される"mesosternal processが狭い"という部分は特徴的と考えられるような気がする。この分類群を分類学的に考察するには腹面中央を観なくてはならないという訳である。古いデータの個体資料群しか無さそうなアンノボン島亜種について誠実な再検証をするとするならば、先ず新たに沢山採集しなくてはならない。中胸腹板突起(mesosternal process)が特徴になっている亜種というのは其れが本当ならレアケース。

http://tb.plazi.org/GgServer/html/98626D5EC774FF8C21EAB7D8FCD8F8C0

Diagnosis. There are clear morphological differences between P. antilopus amicorum new subspecies, and P. antilopus antilopus , including the subspecies found in Gulf of Guinea islands. The following characteristics of P. antilopus amicorum new subspecies can be used to distinguish it from P. antilopus antilopus ( Swederus, 1787) and associated subspecies: 1) prosternal process slightly narrower (♂ and ♀); 2) mesosternal process of is narrower (♂ and ♀); 3) elytra is shorter and much rounder at the posterior end (♂ and ♀); 4) aedeagus narrower (♂), 5) flagellum is shorter (♂), 6) pronotum has flat outline around the lateral margin (♀).

(「Matsumoto K., 2019. Description of a new subspecies of Prosopocoilus antilopus (Swederus, 1787) (Coleoptera: Lucanidae) from Annobón island, Gulf of Guinea. Zootaxa 4559:581–586.」より引用)

 一方でアンティロプスノコギリクワガタのレアリティについては、"ド普通種なのに資料が入手困難とは此れ如何に"と悩ましい状況がある。それだけ現地採集に行く人がいなくなっているという事を示唆している。

 とりあえずは各地の個体群を沢山比較すれば科学的な考察が出来るという事が解る点で良い分類群と考えられる。"網羅的且つ詳細な観察・比較考察"が、我々の行う生物分類行為では根源的且つ中心にあると理解させてくれる科学的に最も面白い分類群の一つ。

【References】

Swederus, N. S. 1787. Et nytt genus, och femtio nya species af Insekter beskrifne. Kungliga Svenska Vetenskapakademiens Nya Handlingar 8:181-201, 276-290.

Matsumoto K., 2019. Description of a new subspecies of Prosopocoilus antilopus (Swederus, 1787) (Coleoptera: Lucanidae) from Annobón island, Gulf of Guinea. Zootaxa 4559:581–586.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Kriesche. 1919. Zur Kenntnis der afrikanischen Cladognathinen (Ool. Lucan.) – Mitteilungen aus dem Zoologischen Museum Berlin – 9_2: 157 - 176.

Bomans, H. E., 1977. Contribution à l’étude des Coléoptères Lucanides. Description d’une nouvelle espèce du Zaïre. Bulletin Et Annales De La Société Royale d’Entomologie De Belgique 113(1-3):40-43.

Parry, F. J. S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.

Kolbe, H. J. 1897. Zwei neue Lucaniden. Entomologische Nachrichten 23:10-12.

Krajcik, M., 2003. Lucanidae of the World. Catalog–Part II. Encyclopedia of the Lucanidae (Coleoptera: Lucanidae). 197 pp. Mi- lan Krajcik, Most, Czech Republic.

【追記】

 西アフリカ産といえどP. a. antilopusは沢山いる。同エリア〜近域には他にもサバゲノコギリクワガタやメンガタクワガタが分布し、其れ等中型種もやはりカメルーンコンゴの個体群と明瞭に区別出来ない。とはいえ念の為、この辺りから記載のある学名の基産地は再調査が必要そうに考えられる。シエラレオネP. a. antilopusなど満足な数量の資料が残っていないのは準備不足を少々懸念するところ(将来的にいつか採集されれば問題ないという視点もあるが)。

 しかしカメルーン産は採集人から直接入手すれば100発100中でちゃんとしたP. a. antilopusだが、日本の生体業者が扱うのは専ら別近縁種"フスクスノコギリクワガタ"で、P. a. antilopusは皆無と不思議な状況が見られる(採集方法による?)。カメルーン産フスクスノコについては本当に野外採集された個体なのか分からない。。一応、Maes, 1990ではカメルーン産フスクスノコが1頭記録されたとあったが、Maes氏の話だから難しい気分になる。カメルーンの自然界にフスクスノコは生息があるのか、現状の情報のみでは分からない。

 アンティロプスとしてフスクスが多数流通しているので、人によっては誤解がなかなか解消されない。疑問に考える人達が少なからずいるのが救いかもしれない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%A9%E5%8A%B9%E6%9E%9C

https://twitter.com/himasoraakane/status/1612371087207333888?s=46&t=3eiGh8m3PFzdoG9WgfpL4A

https://twitter.com/hkakeya/status/1611715540401401856?s=46&t=9nevyvI9aA4drIJKkd7dpw

、、、、

 さて、しかしProsopocoilus属は属名について以下URLの記事で疑問されていたので考察してみる。これは結構難しい問題で、もう少しシンプルな解がありそうにも予想したが見当たらず、とりあえず様々な情報を這って調べてみた。

https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/45/0

 MetopodontusProsopocoilusの学名は1845年に同時にそれぞれLucanus属の亜属として記載され、先に記述されるのはMetopodontusである。亜属として同時に設立された2学名が後年にシノニム扱いなのだから、かなりのレアケースである。。

 しかし様々な文献を調べみてもMetopodontusProsopocoilusのシノニムであるように表現されてあるケースが多い。文献上ではどうもBenesh, 1960により其の処理がされたらしい。内容的には「亜属が記載された際に説明された特徴が一般的ではない」という根拠によるものらしい。しかし命名規約を読んでも、其の理由では先取権の原理よりも優先されるものとしては弱いように考えられる。記載時の特徴説明に不足があった事が理由で先取権が覆るなら大量の既知学名がシノニムになりうるし、何より研究を少し進歩させるだけで簡単に学名の安定性が失われてしまうようになる。其れは命名規約の理念からして全く本末転倒である。だから別な視点から考え直さなければならない。

The insect has been recorded under various generic names, Lucanus, Cladognathus and Metopodontus, the latter name being utilized by Van Roon (1910, p. 24) and subsequent authors, although it does not agree with the subgeneric character given in the key of Hope and Westwood (1845, p. 30), namely "caput & antice bimucronatum." As has been previously noted by Benesh (1953, p. 29, footnote), this character is applicable to males of maximum development. These have a frontal crest or lamina that is emarginate in the middle and produced as a tubercle or point on each side of the emargination. Such crests or laminae occur in large forms of some species of Odontolabis, Homoderus, Cyclommatus and Prosopocoilus, and even in the minute Aegotypus armatus (Parry). All the intermediate and minor developments of the males in Prosopocoilus and the subgenus Metopodontus are similar, with "caput maris antice planum hypostomate excavato" (Hope and Westwood, 1845, p. 30). In addition it should be noted that the large males of each species, to which the name Metopodontus has been applied, have a different type of head ornamentation. The latter must therefore be considered as a specific rather than a generic character. Because of this I have synonymized Metopodontus under Prosopocoilus.

(「Benesh, B. 1960. Lucanidae. Coleopterorum Catalogus, Supplementa (Second Edition) 8:1-178.」より引用抜粋)

 国際動物命名規約の先取権の条文のみに照らせば、Metopodontusが有効のように思える。ただし其れは2学名が、同じ属階級として統合された場合の条文であると理解出来る。つまり2亜属名を両方とも同時的に属レベルにして統合するならば、Metopodontusが有効になる理解で不思議はない。

章6. 学名と命名法的行為の有効性

条23. 先取権の原理 .

(中略)

例. 属Aus 1850とCus 1870, および亜属Bus 1800 (属 Xus 1758から移動) を統合して作られた属の有効名は, Bus 1800である.

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 今なおMetopodontusProsopocoilusのシノニムになっているのは何故だろう。特に動物界で"Metopodontus"の古参同名が属名として他にある感じでもない。Benesh, 1960の論拠も優先権を逆転させられるほどのものには見えない。

 法解釈により現状が維持されているか考えてみる。

 記載の歴史で考えればMetopodontusProsopocoilusは別の属として記載された事もある。或いは両方ともがCladognathus Burmeister, 1847のシノニムとして扱われた事もある。

 またMetopodontus dauricus Motschulsky, 1860(Prismognathus dauricusのbasionym)の記載もあるも、其方の原記載では種小名の記載説明はあるが、Metopodontusが属に昇格された事を示す正式な説明は無い。

 Prosopocoilusの方が早い段階の1862年にThomson氏によって亜属ではなく正式に属名として説明される。Metopodontusを属名として説明したのは1870年のParry氏が最初かな?つまりProsopocoilusの方が早い段階で高い階級を付与されて公表されたという事が分かる。

条24. 同時に公表された学名, 綴り,もしくは行為の間の優先権.

24.1. 学名の優先権の自動的決定. 同名または異名が, 同時に、しかし科階級群,属階級群,種階級群のどれかひとつのなかの別々の階級で公表された場合, より高い階級で公表された学名が優先権をとる [条 55.5, 56.3, 57.7]. あるタクソンとその名義タイプ従属タクソンに対する, 同時だが別々のタイプ固定の優先権については,条61.2.1 を見よ.

例. 同時に設立された種階級群名 vulgaris Schmidtと sinensis Chang は異名だと考えられている。 ある種に対して提唱されたsinensisvulgarisに対して優先権をとる. なぜなら後者は亜種に対して提唱されたからである。

56.3. 亜属に対する属の優先.

同じ日付で一方が属, 他方が亜属に対して設立された, 同名である属階級群名2つのうち、前者が他方に勝る優先権をもつ [条 24.1].

優先権 precedence: 複数の適格名の間の, あるいは複数の命名法的行為の間の, 優先性の序列のことで, 以下の方法で決定される (1) 先取権の原理の条23が定めた適用; あるいは, (2) 当該学名または行為の公表が同時である場合には, 条24が定めた方法 ; あるいは, (3) 審議会の強権発動による裁定.

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

 命名規約の条24では、同時に公表された複数の学名が異名または同名の場合、高い階級で公表された方が優先権を得るとされる。

 条56.3.では、同名で別々に属・亜属学名の設立が同じ日付でされた場合の優先権について。

 条24.1および条56.3では、亜属が属に昇格する説明をされるような"分類群の階級の上昇・下降が公表される時期"については言及が無く、"原記載以降において高い階級を先取した方に優先権が得られる"ようにも読解可能にみえる。この場合、1845年に2亜属学名は同時に設立されたが、1862年時には片方のみ属の階級になった公表が同時に観測される。"公表された"状態が時間経過上持続した意味を持つかどうかなど"同時の公表"が原記載時に限らないと解釈できるか否かで現状の分類維持がどういった意味を持つか変わるかもしれない。

 また分類上、MetopodontusProsopocoilusでは明らかにProsopocoilusの学名の方が支配的に使用例がある。私的な感想ではあるが、大属であるので唐突に学名の使用を逆転させる事で起こる混乱の問題に突入したくもない。条23.9.3.や条81の話になるかもしれない。

 1900年以降で2学名はそれぞれ有効名として出版物中の使用例があるため、先取権の議論においては条文23.9.で定められるところの"優先権の逆転"はなされず、条文24等に沿った優先権で考えるように促されるものと考えられる。

 まとめると、同時に記載されたMetopodontusProsopocoilusの2亜属名が、もしも両方とも同時に属名へ昇格されたならば条23の下にMetopodontusが先取権による優先を受けるも、条文24のもと先にLucanus属から外され正式に属名として高い階級の公表をされる事により優先権を得たのはProsopocoilusであるため、MetopodontusProsopocoilusのシノニムであるようにされたプロセスが認められる事を推察出来る(※1862年ProsopocoilusがGenusとしての説明を公表されてから暫くは、MetopodontusLucanus属の亜属だった)。

 ただ、Maes氏等はMetopodontusを亜属の階級としてProsopocoilus属内に分類していて、此の表記が最も無難であるかとも考えられる。

 ちなみに優先権と言っても、種と亜種の場合だと条文が異なる。条24.1や条57.7では、同時記載の分類群が異名または同名の場合に亜種よりも種が優先権を持つが、条23.3.3.では亜種小名も種小名と等しい優先権を持つと読解可能なため、亜種として設立された分類群が、後に種として設立された分類学学名と異名関係と分かった場合、古参の学名が先取権を持つと読解される。

57.7. 亜種名に対する種名の優先.

同じ日付をもつ同名である種階級群名2つのうち, 種に対して設立されたものは, 亜種に対して設立されたものや亜種の階級と見なされるもの [条45.6] に勝る優先権をもつ [条 24.1].

6.2. 種の集群や亜種の集群に与えられた学名.

種小名を丸括弧にくるんで属階級群名の後ろへ付加, あるいは属階級群名と種小名の間へ挿入し, ある属階級群タクソン内の種のひとつの集群を示すことができる. 亜種小名を丸括弧にくるんで種小名と亜種小名の間へ挿入し、ある種内の亜種のひとつの集群を示すことができる. そのような小名は, つねに小文字で書き始め,かつ, 略さずに書かなければならず, 二語名や三語名の語数には数えない. 先取権の原理は,このような学名にも適用する [条23.3.3]. それらの適格性については条11.9.3.5 を見よ.

23.3.3. 先取権の原理は、種の集群を示すために属階級群名の後ろに丸括弧にくるんで追加的に挿入された種小名, または、亜種の集群を示すために種小名と亜種小名の間に丸括弧にくるんで挿入された亜種小名に適用する [条6.2]. そのような挿入された小名の優先権は,種階級群においてその学名がもつ優先権と等しい (条 11.9.3.5を見よ).

(国際動物命名規約第四版より引用抜粋)

【References 2】

Hope F.W. & Westwood J.O. 1845. A Catalogue of the Lucanoid Coleoptera in the collection of the Rev.F.W.Hope, together with descriptions of the new species therein contained : J.C.Bridgewater, South Molton street, London (editor):1-31.

Thomson, J. 1862. Catalogue des Lucanides de la collection de M.James Thomson, suivi d’un appendix renfermant la description des coupes génériques et spécifiques nouvelles. Annales De La Société Entomologique De France (4)2:389-436.

Motschulsky, V. 1861. Insectes du Japon. Coléoptères. Etudes Entomologiques. Helsingfors 10:3-19.

Benesh, B. 1960. Lucanidae. Coleopterorum Catalogus, Supplementa (Second Edition) 8:1-178.

Burmeister, H. C. C. 1847. Handbuch der Entomologie. Coleoptera Lamellicornia, Xylophila et Pectinicornia. Enslin. Berlin 5:1-584.

Parry, F. J. S. 1870. A revised catalogue of the Lucanoid Coleoptera with remarks on the nomenclature, and descriptions of new species. Transactions of the Royal Entomological Society of London :53-118.