iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

ホリドゥスソリアシサビクワガタの色々

 フィリピンには認知度の低い種が結構ある。ルソン島のホリドゥスソリアシサビクワガタ:Gnaphaloryx horridus (Benesh,1950)は其の内の1種で、昔は低画質ながらフィリピンの公的機関らしき場所が運営していたネットページで見る事が出来たのだが、今は探しても見当たらない。代替ページもあまり無いので此処に書き残す。

 分布域はルソン島中央、タイプ産地はNueva Vizcayaで、他データにMountain Province、Calinga、Ifgaoなど、この辺りの山塊に集中しているという意味でデータの再現性が高い。おそらく特定の標高にある環境を選ぶのだろう。

f:id:iVene:20220922232058j:image(フィリピン・ルソン島産。しかし此の種は状態の良い個体だと脂が沢山出てくる。画像の個体群はアセトンで脱脂しても数ヶ月後にはまた出てきたので4回繰り返した)

f:id:iVene:20220922232104j:image(フィリピン・ルソン島産。やや汚れのベタつき残る個体。毛束位置がランダムであるのは部分的に脱毛した為に部分的に残存したからと考えられる)

 ソリアシサビクワガタの仲間は、個体により泥の汚れが乾燥し粉を塗したような色になっている事がある。発生後期の個体群は破損度のコンディションが気になるとともに、落ちにくい汚れによる見た目の変容もありうる。生物学的形態と非生物学的形態は見間違いやすいから、予見して観察・考察する(日干しや薬品など死虫処理の方法で変わる事もある)。こういうのは顕微鏡下で観たり湿らせたり触ったり光の当て方を変えたりすれば、なんとなくの感覚を理解出来てくる。

 発生初期の個体群は破損も汚れも少ないから、状態の良い個体としての参照がされやすい。別の種の話だが、状態の良い個体資料が欲しい人によっては、敢えて飼育個体群(WF1〜WF2)の成虫を身体の構造が固まったところで〆て資料にするというのを聞いた事もある。

 このように黒っぽい見た目の為か、最初はAegus属に分類され、後にGnaphaloryx属に分類された。1950年代の研究事情を考えると"時代考証的"な事を色々考えられる。スケッチは精密だが身体の一部のみ(原記載には上翅構造の記述も見られない)。タイプ個体は米国のフィールド自然史博物館に在る。

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(「Benesh, B. 1950. Descriptions of new species of stag beetles from Formosa and the Philippines. The Pan-Pacific Entomologist 26(1):11-18.」より引用図)

 なお同文献で記載されるGnaphaloryx haddeni Benesh,1950がフィリピンの各島から見つかっているという説があるが、其方は原記載図を見る限り頭部突起が顕著に発達しているため、諸々の図鑑でそう同定されるネグロス島産などは誤同定の可能性が高い。

 しかし手元のホリドゥスソリアシサビの資料については長年かけて2♂1♀と少ない。なかなかに苦労した気分だったので分類屋の友人に報告すると「昔(90年代)はまぁまぁ数を見たけどねぇ」とコメントされた。博物館では滅多に見ないが、昔からの大収集家の所にはいくつかずつある。私はホリドゥスソリアシサビについて注目したタイミングが遅れたため知らない事が多く、私的な経験上から"希少種?"と考えていたが、そのような"固定概念的な考え"を改めざるを得なかった。生き物の世界は反証可能性が様々な所でありえる。原産地ではそこそこいるらしい。単純に採集されないエリアにいるだけだった。

 またミンダナオ島産に亜種記載があるが、体表の構造など顕微鏡下で見比べると大きく異なる。生息地が海峡で離れ、なお且つ"両種"それぞれで私自身未だ充分な観察量では無いため結論を知らないが、手元の資料群では2分類群間に交尾器の大きな形態差があるように見えるので別種説も視野に入っている。

f:id:iVene:20220922232224j:imageミンダナオ島産)

 資料の状態を考えるという点では、此のグループのように体外の状態だったり別だと体内だったりして難しい事もあるが、基本的な作業を一通り繰り返し経験しておくと解る事も多い。様々な変異が理解出来る生物分類学的にも面白いが、教訓を得るには最も良いグループの一つ。

【Reference】

Benesh, B. 1950. Descriptions of new species of stag beetles from Formosa and the Philippines. The Pan-Pacific Entomologist 26(1):11-18.

【追記】

 フィリピンというと近年のゴミ問題が頭をちらつく。20年くらい前、フィリピンの貧困層支援のため、輸入業者から物資支援の協力を要請された事もあったが。。

http://enigme.black/2015070401