フォルモススミヤマクワガタと、タカクワミヤマクワガタの色々
フォルモススミヤマクワガタ:Lucanus formosus Didier, 1925はラオス北部に分布し、キクロマトイデスミヤマクワガタに酷似して判別が難しい。
https://science.mnhn.fr/institution/mnhn/collection/ec/item/ec3735
(基準産地はラオス北部のシェンクアン)
(一見しては頭部くらいしか差が分からない)
ラオス・フーパンの分布域ではツカモトミヤマクワガタの個体数が多くフォルモススミヤマは少ない。
(ラオス・フーパン産。画像のようなフォルモススミヤマの担名タイプ個体と近い型は希少である。稀型が担名タイプなどとは分類屋泣かせな話である)
実際には、キクロマトイデスミヤマクワガタとは軽微な外見差異と交尾器形態で見分けられる。結構な個体数が必要にはなるが。
しかし、タカクワミヤマクワガタとの関係性は亜種関係と考えられる。フォルモススミヤマとタカクワミヤマに交尾器の差異は見られない。つまりLucanus formosus takakuwai Fujita,2010で"フォルモススミヤマクワガタ亜種タカクワ"の呼称でも問題無さそうである。ならばラオス北部産はLucanus formosus formosus Didier, 1925。
(ベトナム・ラオカイ産タカクワミヤマクワガタ。注記しておくと基準産地サパ近郊の山ではなくラオカイ南方の個体。とはいえそんなに遠くはない)
(ベトナム・ラオカイ産。サパ近郊だが南側の個体らしかった。色の変異があるが此の産地のものは暗色の個体が多数派)
(ベトナム・ラオカイ産。顎の変異も色々)
フォルモススミヤマクワガタは体型として雌雄ともにタカクワミヤマクワガタよりも頭部が軽微には見えるが大きい比率を呈し、いずれの個体も体毛が少ない。♂では顎先の内歯位置、大型♂では顎の湾曲部位・湾曲角度が異なる事で見分けられる。♀や小型♂も差異はあるが難しい。比較には個体数を要する。
フォルモススミヤマはラオス北部一帯で、またタカクワミヤマクワガタはベトナムのライチョウ、ラオカイ、イエンバイを横たわる山脈の中腹〜高標高に分布するため"低標高には分布出来ない"という形で地理的隔離が考えられる。
(ベトナム・イエンバイ産。2002年に葛信彦氏が「キイロホソミヤマクワガタ」なる不明種として報文に載せたファンシーパン山の大型個体に似る。それにしても格好の良いミヤマだから数ドルであった事が信じられない)
(手元のタカクワミヤマ♀はベトナム・イエンバイ産のみ。ラオス産フォルモススミヤマとの判別には個体数を必要とする)
比較には沢山の個体数が必要なのだが、ラオスからフォルモススミヤマはあまり数が来ない。
とりあえずベトナム産のタカクワミヤマクワガタについては沢山手元にあったため、ベトナム産タカクワミヤマの変異内にラオス産のフォルモススミヤマの型と全く同形態のものが無いか調べると、そういうのはやはり見つからない。またラオス産については様々な画像や友人達の収集資料群から、外形での判別が可能な亜種と見通せた。
(タムダオ産というデータラベル。顎の最大内歯から先端にかけて小内歯の突出がメリハリある稀型ではあるが、タムダオからの記録は皆無に近しい。ベトナム産は産地データを雑に扱う人達もいるらしいが、丁寧な人物も見つけているらしい。本当にタムダオにいるのかは再現性データが少ない)
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まだ問題があるのだが其れはタカクワミヤマクワガタの事である。
タカクワミヤマクワガタのタイプ個体群はラオカイのサパ産のもので構成され同地は基本的に個体数が少なく、同地サパ産については高額で売買されていた歴史がある。ebayでベトナム原産地から大量に出始めるまではベトナム産タカクワミヤマが希少種と思われていた。
ebayで出始めたのは2012〜2013年辺り、初期はヴァンチャンの村から入ったラオカイ南方エリアの個体群であるらしかった。その頃の個体群は全く同定されずキクロマトイデスミヤマに混じり沢山の個体が出品された。当時はタカクワミヤマをキクロマトイデスミヤマと分けて考える原産地業者が居なかったので初っ端から不明種として安価入手が可能だった。
しかし、日本国内やヨーロッパなどの業界人はebayに出品されたベトナム産タカクワミヤマを"新種?"、"不明種"、或いは"フォルモススミヤマ"と呼称し、ebayでは5〜15ドルでタカクワミヤマが不明種として出品されていた同時期に、タカクワミヤマとして5万円〜10万円で売り出す関東の有名業者がいた。
ベトナム国外で高額売買されると聞き及んだ原産地業者の一部は原価を値上げし、原産地から輸入をする標本商などは原産地で割高の仕入れをせざるを得なくなっていた(まぁそれでも数十ドル前後だったらしいが)。ebayでもキクロマトイデスミヤマなどを誤同定し"タカクワミヤマ"として高額出品する原産地出品者らが増えた。
一方で安価出品を継続する原産地業者もいたため、勿論今のような底値を固めていくようになっていった。
2013〜2014年に私は勿論ebayで安価なラオカイ産の個体群資料を入手し、変異幅が様々ある事を理解した。タカクワミヤマクワガタのホロタイプと殆ど同型の個体すらある。色の明暗も変異幅が広い。様々な仮説があったせいで頭が痛かったが、此れ等はタカクワミヤマだろうと見通しを立てた。
基準産地の個体群とは"大まかな外形"では判別出来ない事を理解したので、細部に差異があるか検証が必要となる。分類屋の友人が大型♂のパラタイプ個体を所持されていたので観察させていただいた。内歯の発達などが変わった気分もしたが、タカクワミヤマのタイプシリーズは画像が書籍・ネット上に幾つか出た事もあり、稀型のパラタイプという可能性を考えた。他に注目すべき差異もあまり感じられない。基準産地のサパ産、ラオカイ南方産、イエンバイ産で区別に困る隠蔽種の存在は確認されず、分類可能な程度の差異は無く、此の考察結果に至る。
念のためタカクワミヤマについて留意しておくべき点として、タイプシリーズなどサパ産として出ていた個体群に明色型が多い事があるのだが、初期のサパ産(おそらくファンシーパン山)タカクワミヤマ個体群を扱った葛信彦氏からは「亜硫酸ガスで処理された個体群」という事を私自身で直接聞いている。其の処理ならば明色になっても不思議ではないし、或いは地域変異があったのかもしれない。
また葛信彦氏が"キイロホソミヤマクワガタ"として未記載時点で書籍に載せた際の大型個体は頭部〜前胸は黒味がある。また体毛が薄い印象があったが、同報文に載った他の更に毛深い種群の写真も体毛が実際より薄そうに見えたため撮影の条件の問題と考えられる。
諸説あったせいで検証に少々時間がかかったが、結論はタカクワミヤマは普通種でフォルモススミヤマの亜種だという事が分かった。
【References】
Didier, R. 1925. Descriptions sommaires de Lucanides nouveaux de la faune Indo-Chinoise. Bulletin de la Société entomologique de France 1925:218-223.
Fujita, H., 2010. The lucanid beetles of the world Mushi-sha’s Iconographic series of Insect 6.472pp., 248pls. Mushi-sha, Tokyo.
Katsura, N. & Giang, D.L. 2002. Notes on the genus Lucanus from northern Vietnam with descriptions of two new species. Gekkan-Mushi 378:2-14.
【追記】
タカクワミヤマの判別法が拗れたのは、単純な話で本文にも書いた通り高額売買があったからである。基準産地の個体は数少なく、"真のタカクワミヤマというのが正体不明である"という話になってしまって長年経ってしまった。
そもそも暴落するならば調べがつくまで引っ込めるべきだったのだが、高額で買ってしまったコレクターも、高額で売ってしまった業者も、タカクワミヤマが希少種の座からいきなり「超普通種だぞい(笑)」と言われ降ろされたら立つ瀬がない。"コレクター"なのにかつがれて超普通種を高額で買ってしまうのも、ボッタクリと銘打たれる業者らも頗る格好がわるい。返品や返金は基本的にしないという暗黙の了解がある文化の業界だから買った側にも責任がある。とにかく業界に閥の悪い話が付き纏う。
研究出来たらそれで良い私みたいなのからすれば、相場がめちゃくちゃなのは"色々事情があるのだから仕方ない"と簡単に受け入れられるし場合によりネタにするくらいだが、"体感で高い金額"を使ってしまった人達はそうでもない。長年に亘り諸説が出ていたのは、彼らの個人的な感情や都合が原因に混じっている。
https://twitter.com/terrakei07/status/1563318869506560001?s=21&t=Yr3BzmmsKzmfDw8IckopBw
タカクワミヤマについて言えば、ベトナムからは高標高からキクロマトイデスミヤマと合わせて2種しか判別が少し難しいのは見つからないのだから、真面目に検証すればこんなのはすぐに分かるのだ。
【追記2】
当記事に対するご意見・ご反論があったようなので後学の為にリンクします。
分類については委細承知で、生息地山塊の話をしても面白いのですが"御反論に対する反証資料が複数手元にあるため私は自説を維持します"とだけ書いておきます。諸疑問について雑多な画像や記述からの読者判断は難しいでしょうから、再現性の事など後の判断は読者の人達に任せます。
(例としてラオカイ南方産40.7mm)
(顕微鏡写真。脚の模様は個体により変異が幅広い。この個体に体毛が少ないように見えるのは抜けている訳ではなく体表にベッタリ付いていて、また体色が明るいために見えにくくなっている)
(小型♂個体群)
(他イエンバイの大型個体など。此の種の死骸はアセトンによる脱脂より手間なしブライトで漂白した方が脱色に効果的でしょう)
他に何か違いがあるのでしょうか。
追伸:ebayで出ていたライチョウ産とは最近だと以下2点のみ確認できました。あと数ヵ月ほどで見えなくなってしまうでしょうがリンクします。ebayアプリで画像の拡大が可能。画像の保存は個々にお任せします。私はアプリから高解像度の画像を保存しました。