iVene’s diary

世界のクワガタ観察日記

モデストゥスノコギリクワガタの色々

 西アフリカの南側沿岸諸国の低標高森林地帯にProsopocoilus modestus modestus (Parry, 1864):モデストゥスノコギリクワガタが分布する。目にする事も稀であるため一般的な認知度は低い。Kriesche, 1919等でも悩まれているように基準産地が"Africa occ. Tropocali"と曖昧であるが、現在ではシエラレオネコートジボワール周辺の個体群がタイプ形態に一致するとされる。

f:id:iVene:20221211121239j:imageコートジボワールP. m. modestus

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 トーゴ〜ガーナ産から"Prosopocoilus leonardi Bouyer, 2017"なる学名の記載があるが、結論を先に述べておくとP. m. modestusの変異と見分けがつかない。

f:id:iVene:20221211121333j:imageトーゴP. m. modestusトーゴ産は完全大歯型の出現率がやや高い)

 トーゴ〜ガーナ東部とガーナ中央の間にはボルタ川があり、幾数種かは確かに分布を遮られる。トーゴのフェルチェノコギリクワガタ、ガーナ以西のペルベットノコギリクワガタやキルクネルノコギリクワガタ等の事を考えれば、モデストゥスノコギリクワガタ近縁グループが分化していても不思議は無い。しかし"P. leonardi"の外形に一致する個体群について、先ずP. m. modestusと交尾器形態で全く見分けられないから同種である。外形はというと、顕微鏡で様々な角度から何度も比較したが細部にわたり変異幅が広く、またおそらく最もバイアスがかかりそうな模様についても変異があった。確かにコートジボワール産よりもトーゴ産の方が黄紋の幅が僅かに広い個体が多いが、どう頑張っても見分けられない個体群もある。図示のある書籍も一応参考したが、やはり模様については判別点にならない。点刻の事は文献では見えずであるが顕微鏡で観ても変異幅が広い。腹面の細部形態も変異幅が広い。実物比較からは、地域変異との結果を示している事が分かった。つまりシノニムであると考えられる。

 他で同様にシエラレオネコートジボワール周辺地域からトーゴまで同一の分類群であるクワガタ種としてはファベールノコギリクワガタが挙げられる。サバゲノコギリクワガタ等ともすればタンザニア辺りまで同一の分類群である。

 コンゴ民主共和国北東部から記載されるProsopocoilus modestus maculatus (Bomans,1967):マクラトゥスノコギリクワガタはカメルーンガボンコンゴ共和国にも分布がある(Holotypeは過去にネット上で図示されたが今はラベルごと見られない)。独立種として扱われる事が多いが、P. m. modestusとは交尾器形態の差異は見られない一方で、外見では前胸背のやや幅広な比率や模様などで見分けられるためニジェール川で分断されて特化した亜種と考えられる。

https://fanblogs.jp/anotherstagbeetlesofworld/archive/578/0

(Holotype画像の残るページ)

 ちなみに亜種分類する報文は以下のようにある。

http://www.bio-nica.info/biblioteca/MaesPauly1998LucanidaeGabon.pdf

(此のMaes氏の報文中でP. m. maculatusの原記載が1966年かのように記述されているが、Bomans & Villiers. 1966によれば"説明されつつある"とされ其の時点では裸名であったと考えられる)

f:id:iVene:20221211121407j:imageP. m. maculatus。手前♀はガボン産、奥の♂はコンゴ共和国産。上翅会合部周辺部位は黒色味が強い)

f:id:iVene:20221211121458j:imageカメルーンP. m. maculatus。交尾器形態の変異幅が広い。手元には無いが完全大歯型も存在する)

 此の分類群について、Bouyer, 2017はコンゴ民主共和国北部Butaから記載がある"Prosopocoilus sylvicapra Kriesche,1932"とシノニムであるような考察をしたが、27mmあるというタイプ個体の観察をされていないともあり、其の分類は納得しづらい("P. sylvicapra"についてはタイプが原記載者の個人コレクションに帰属しており再発見されない可能性が高く、なお参考になるタイプ図も残っていない事から、裸名と処理される可能性が高い)。"P. sylvicapra"の原記載も、念のため読んでみたところでは、ファベールノコギリクワガタのグループで色彩の事や光沢が強い事、また模様について記述がある程度で想像する限りではボンヤリ曖昧な事しか分からない。P. m. maculatusと同じだったのかもしれないが、全く別の分類群だった可能性もなくは無い。そのため此処ではP. m. maculatusの学名を有効名として使用する。

https://www.zobodat.at/pdf/WEZ_49_0161-0162.pdf

 アフリカ産クワガタの殆どの分類群を掲載するBartolozzi & Werner 2004の図鑑にてモデストゥスおよびマクラトゥスについての掲載もあり分布についても言及があるが、此れ等分類群についてはモデストゥスのタイプと同型のトーゴ産個体群を"マクラトゥス"とし、脂で暗色化したような個体群を"モデストゥス"とされていて様々に不正確と考えられる。

 はてさて、アフリカ西部から中央また東部にかけて分化するもの、しないものが様々見られる。今回は其の中でもモデストゥスノコギリクワガタ群に焦点を当ててみたが、西アフリカのエリアで分かりやすい地域変異の例が見られるクワガタは此れくらいかと考えられる。地域変異は分化の始まりで分化しない可能性もある、そういう事を理解させてくれる生物学的に最も面白い分類群の一つ。

【References】

Parry, F. J. S. 1864. A catalogue of lucanoid Coleoptera; with illustrations and descriptions of various new and interesting species. Transactions of the Entomological Society of London (3)2:1-113.

Bomans, H.E., 1967. Contribution à l'étude des Coléoptères Lucanides. Note sur des Prosopocoelus africains. Bull. Annls Soc. r. Ent. Belg., 103: 373-396.

Bomans & Villiers. 1966. Bulletin de L'Institut Fondamental D'Afrique Noire Sciences naturelles. Vol. 28.

Bartolozzi & Werner. 2004. Illustrated Catalogue of the Lucanidae from Africa and Madagascar. ― Hradec Kralové (Taita Publishers): 189 pp.

Kriesche. 1919. Zur Kenntnis der afrikanischen Cladognathinen (Ool. Lucan.) – Mitteilungen aus dem Zoologischen Museum Berlin – 9_2: 157 - 176.

Kriesche, R. 1932. Neue Cladognathinen. Wiener Entomologische Zeitung 49:161-162.

Maes. 1998. Lucanidae (Coleoptera) du Gabon. Bulletin et Annales de la Societe Royale Belge d'Entomologie (Belgium). Vol. 134: 279-285.

Bouyer. 2017. Les espèces affines à Prosopocoilus modestus (Parry, 1864) et description d’une nouvelle espèce (Coleoptera, Lucanidae). Entomologia Africana 22(2):43-48.

M. Baba. 2008. A supplement of "The Lucanid beetles of the world, Mizunuma T. & S. Nagai, 1994": genera Prosopocoilus, Nigidius and Figulus from African region. Gekkan-mushi (450), 19-31.

【追記】

 "P. leonardi"が記載された際は分類屋の友人とも少々議論したが、当時の時点では原記載での情報不足が懸念された。分類を確信出来ずだった記載から数年の間にパラタイプがトーゴ原価の数百倍の高額で出品される等見られ更に訝しんだ。情報不足の学名パラタイプでそういう商売は如何なものだろうか。

https://twitter.com/takashirouzu/status/1143721330811920384?s=46&t=h_HQDQE4Dz6iTRpNKA5v9A 

 念のため言及しておくと、同記載者によるProsopocoilus mefianti Bouyer, 2014の学名について当記事では詳細を書かないが、私自身で明瞭な独立種である事を確認出来た。ただし其方の原記載も情報不足で、比較用の近縁種群の実物・画像資料を充分量要した。

 モデストゥスノコギリクワガタについては、コートジボワールシエラレオネ周辺産について観察の機会が少なく比較が難しい。トーゴ産を含め掲載文献も実物資料も少ない遺伝子的差異を予想した種概念も存在するにはするが、其れについては様々指摘されるように恣意的とも考えられ、私は採用しない)。結果的にトーゴ産モデストゥスを種や亜種の学名が付くほどの別な分類は出来ないと考察した。

地理学的種
(前略)一般的にこの地理学的種の定義が用いられるのは生物の地域的変異(の保護など)に言及する場合が多い。しかしこの定義では(他の定義以上に)亜種と種の区別が困難であり、恣意的に用いることになる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE_(%E5%88%86%E9%A1%9E%E5%AD%A6)

 シノニムになる"新種記載"というのは"後出しジャンケンで負ける"ようなものであるが、著しく業績や金銭的な不義理に関わっていなければシンプルなミスと考えられ其れほど大きな問題は見られない。しかし直接的な金銭問題を抱える論文であると分類学に限らず発表の動機や責任の問われ方が異なってくる。

https://twitter.com/satera1564/status/1361682670548254722?s=46&t=T33aJzm80K22EmkkTZ6INQ

 論文を書く上で"最も大変なのは事前準備"と大抵の著者は言う。しかし普通に準備不足でbiasedな報文が世の中に出てくる。情報が随所欠落した不足の報文というのは鵜呑み出来ない。

http://scienceandtechnology.jp/archives/36945?amp=1

 他方、時折ebay等で"初見不明種"なる個体に高額値付けをして出品する売人も増えつつある。膨大な個体数を扱ってきている現地採集人の"初見"は希少種や未記載種の可能性も高くまあまあ興味深いが、そうではない人達の"不明種"高額出品は目的が不明で危うい。

https://twitter.com/himasoraakane/status/1601768100986511360?s=46&t=6wLkUTw2DNWv9pqIpsBkWQ

【Reference 2】

Bouyer, T. 2014. Description de nouvelles Lucanidae africains. Entomologia Africana 19(2):2-6.